ゆきまつ孝太郎活動報告〔無所属〕

名張市議会議員【2期目】 教育民生委員長

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012-04-05 [ Thu ]
テーマ:食育

 昨日、名張市議会の議員グループ(ゆきまつも含む)が「食育を推進する条例制定に向けた検討委員会の設置を求めて福田議長に要望書を提出した。

 福田議長は「議会は行政のチェックだけでなく立法も仕事。早速準備に入りたい」と述べ、6月議会開会までの設置を約束した。

 要望したのは、議員8人で作る「食育を考える会」(座長:吉住美智子市議)。国は05年、食育基本法を制定した。地産地消など「食のあり方」や地域の食文化を生かす計画が全国の自治体で策定する動きがある。「考える会は、名張市に計画策定を促す考えだ。」

 現在まで、食育の取り組みは関係部署で行われても、継続的、横断的ではない。条例の中で推進計画の策定を求めていくようにすることになっている。

 この食育は、「全国食育フォーラム」として過去6回行われており、昨年の講演会を紹介しよう。
○テーマ
「食育は子供の心を豊かにする」
~親子で話そう、作ろう、食べよう~
○講師
三國清三氏(洋食料理家、オテル・ドゥ・ミクニ
オーナーシェフ、株式会社ソシエテミクニ代表取締役、
日本フランス料理技術組合代表)
○概要
僕がどうして「食育」かというと、六年前、食育基本法という法律が出来たんですが、それより十年ぐらい前から、味覚、“甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦い”の四味に“うま味”というのがあって五味になりました。そのうま味というのは1985年に世界用語として認知され、「うま味」というのは世界用語なんですね。イタリアやフランスって食文化でプライドが高いんです。ですからあまりヨーロッパでは“うま味”というものを認知はしているんですが積極的には言わず、“甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦い”の四味を基本にしています。
 
 我々は日本人なので、そこにうま味を加えた五味で1999年に本格的に食育の活動を始めました。そしてイタリアのスローフードの会長から、一緒に日本でもその活動をしようよという誘いを受けまして、2000年から日本フランス料理技術組合というものをつくります。スローフードは1985年頃、ヨーロッパにファーストフードが押し寄せた際、イタリアでファーストフードやジャンクフードに対抗して、スローフードという運動を始めたのがきっかけです。その際にイタリアのスローフードの会長が子ども達の味覚を守ろうということで立ち上がるんです。
そして、全く同じ時代にフランスではシェフたちが、フランス高級料理技術組合という組合を作って、子どもの味覚を守るんだということで、小学校に出向いて行くわけです。85年頃はまだ、そういう「食」というのは無かったので学校に行ってもボイコットされるんですね。でも子どもたちはチーズだとかクロワッサンなんか凄く大好きなんで、職人さんが朝3時とか4時から仕事を始めるところにわざわざ連れて行くんです。小麦粉とかバターとか作ってるのを見せて、畑にも連れて行くんですね。そこで子どもたちにそういう土地の土壌のことだとか、君達が大好きなそういうクロワッサンはこんなに大変な思いをしてコックや農家の人が一生懸命作っているんだということを教えています。ですから今フランスに行くと、普通に子どもたちがレストランに帽子をかぶって研修に行くんです。そういうことを、フランスのシェフたちはもう1985年ぐらいから始めて、子ども達に「食」は大切なんだよってことを教え始めました。彼らはそうやってグローバルに自分達の食文化を自分達の手でちゃんと守っていくんだと。で、それにはまず子供達にきちっと、料理人だとか、生産者だとか、その大切さを子どもたちにまず教えて、将来自分達の国を豊かにしていこうとゆうことで、85年ぐらいから、フランスのシェフたちが運動し始めたんです。
 
 今ではイタリアのスローフードはNPOになってますし、フランスのそのシェフたちの活動は国が支援して、十月の三週目の一週間は国民がちゃんとした食事を意識しようということで、国が国民に対して呼び掛ける政策にもなっているんですね。彼らはやはりフランス料理という自分達の食文化を半永久的に守っていきたい、伝えていきたいということで、子ども達ということにシフトチェンジしたんですど、僕はその十数年前にあんまりピンとこなかったんですが、このことで僕も料理人として、またその国民として、人間として、これは絶対にやっていかねばいけないという風に思ったんです。
彼らはこんなことを言っていました。我々の味覚っていうのは大体八歳くらいから築かれていき、十二歳くらいで我々の脳っていうのが大人になるっていう風にいわれているんです。で、その時に味覚も敏感になって、人間の脳が大体大人になることと比例して敏感になっていきます。食品の天然のものは味付けしませんからすごく薄味なんです。ですから神様は、その自然界の甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦い・うま味というものをキャッチさせようとして増やしていくんですね。ですから子どもたちには自然の物を沢山食べさせてあげる。一部は体に吸収されて子どもたちの体を立派に育てます。あとの一部は頬の前と後ろに神経があるんですけどそれを刺激して、脳を刺激するわけです。脳を刺激すると、子どもたちはその瞬間に、見る・聞く・嗅ぐ・触る・味わう、いわゆる五感で子どもたちの感性が、そこでぱっと開くんです。それによって子ども達は、よく人のことを見て観察することができるようになるんです。友達のことをよくみると、今日元気ないわねどうしたの?風邪引いたの?お父さんお母さんに叱られたの?悲しいの?嬉しいの?そこで初めて、子どもたちはよく観察できて子ども達の心の気持ちが開く。豊かになる。

 これしか方法は無いんです。僕は何で十年前に子どもたちにこう伝えたかというと、最初は十年前に大人に伝えたんです。でも家庭科室というのは十年前、ほとんどもう機能してなかったんです。その家庭科室が、パソコンルームになって、そんな家庭科なんてとんでもないと。前例もないということで、ボイコットされるわけですね。
で、今は一生懸命こう十年続けていて、今ガラッと変わったんですよ。多くの小学校は学校の周りに畑を作っています。その畑でみんなでニンジンや玉ねぎや芋や野菜を沢山植えています。そこで上級生がお昼前になると自分達で取って、それを調理して、下級生に食べさせるんです。そうすると、今でも残食の問題があるんですが、子ども達は一切残さないといいます。やっぱり長く続けていくことが、日本にとっていいことなんだと思うんです。
フランスのシェフたちがこういうことを言っていました。12歳までにその子どもに、甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦い・うま味というものをきちっと体験させてあげてない子どもは将来、自分の産んだ子どもを簡単に傷つけるようになるというんです。十数年前ですよ。で、僕はそんなバカなことは無いだろうと。自分の産んだ子どもとか、自分の親を傷つけるなんて。彼らは、そのそういう大人がいるおぞましい世の中になる。そういう国は確実に滅びる。だからイタリアのスローフードの会長も、フランスのシェフも、だから僕達はやるんだ、と。それを言われてはっとして、それから真剣に続けていったんですね。日本では小泉元総理の時代に食育基本法というものを作って頂いて、今は非常にいい方向にいっていますが、そういうことを彼らは二十数年前に分かって僕を十年前に導いてくれたわけです。

 そういうことで、僕は子どもたちの味覚、子どもたちの心を、気持ちを豊かにしていく。日本人は非常に味覚に優れているというのは、味噌汁を通して昆布、カツオ、あとシイタケや海老とか、全部うま味のグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸というんですが、三大うま味を我々は知らず知らずのうちに伝統を通して、お味噌汁を通して伝えてくれてたんですね。それは日本の誇りですから是非子どもたちの心気持ちを本当に豊かにする食べ物の一つなので、皆さまも伝えていってあげて欲しいと思います。

 ちょっと話を戻しまして、どうして三國少年は世界の三國になれたんだろうということですが、僕は食育として子ども達の授業をするのに一生懸命十年やり続けてこれからもずーっとやっていくんですけども、僕は一時神様を恨んだことがあるんです。何で僕だけが貧乏なんだと。何で僕だけ学校行けないんだと。うちも網元でしたから、ニシンが獲れなくなって貧乏で、競りに落ちないとその日の生活のお金がないわけです。海がしけると漁に行けないですから、食べるものも無いわけです。しけの後どうなるかというと、凪(なぎ)というんですけど、朝凄く静かで綺麗な海になるんですね。そうすると、親父と浜に物を拾いに行くわけです。もう海ですから、こうお刺身で食べられるお魚とかこういっぱい寄ってきて、その中に必ず“ほや”があったんです。“ほや”は一つの食材に甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦いと四味が入っているのです。ですから僕が貧乏でなければ、海に拾いに行って“ほや”とは出会わなかったわけです。

 その後、札幌グランドホテルに入るんですけど、北海道ではグランドホテルと言えば超超一流で、その時コックさんが五十人いたんですね。18歳の時にすでに料理長の仕事を任されてました。18歳ですからいい気になっていて、そしたら先輩に「お前いい気になるな」と。「東京には帝国ホテルという日本一のホテルがあって、料理の神様がいるんだ」と。それで、18歳の時にそれを聞いて神様に会いに、津軽海峡を船で渡ったんです。それで帝国ホテルの村上料理長の元に行ったんですが、ちょうど僕が18歳の時オイルショックで、社員にしてもらえなかったんですね。18歳から20歳までずっと二年間、鍋洗い。これはもうとっても辛かったですよね。二年間鍋だけ洗ってたので。で、村上料理長から「十年後は君達の時代が来るからヨーロッパにいきなさい」と。「ヨーロッパで全部自己投資で十年間は帰ってくるな、修行してきなさい」と。そういうミッションがあったのです。帰国後僕は今の東京の四ツ谷の店を“30歳”で、ホテル・ドゥ・ミクニをオープンしたんです。このミッションがあるから自分の到達点をイメージして、お店をちょうど1985年に四ツ谷にオープンしました。その時はお客さんはほとんどいなかったです。あ、これで、一生借金地獄だ、という覚悟をしたんですね。そしたら1986年になんと、「一億総グルメ」のブームが到来したんですよ。それに乗って、今日現在まですっと来るわけです。

 食事はファーストフードとかジャンクフードが全部がだめじゃなくて、バランス良く。ですから子ども達の味覚とていうのはもう、一年にいっぺんでいいです。味噌汁をちゃんと出汁をとって飲ましてあげる。
半年にいっぺんだったらなおいい。三か月にいっぺんだったらなおさらいい。一週間にいっぺんだったら最高。毎日だったらこれは奇跡ですよね。ですから、本当に一年にいっぺんでもいいんです。一度子どもたちに教えると、一生それで目覚めるんです。眠ってるものがぱっと開きますから。それで彼女や彼らは、一生味覚敏感になるんです。それぐらい、そういう物は完成されているのです。
今日のテーマである「食育は子供の心を豊かにする」。六十歳になっても、八十歳になっても、スタート出来ますからご心配なく。ぜひ、皆さんも子どもたちを立派な、心、気持ち豊かな子ども達を育てて行ってあげて欲しいと本当に思っております。

 僕自身もずっとこれからエンドレスで一年でも多く、長くこういう活動を続けることが亡くなった村上料理長に対しての恩返しだと思っております。

 最後に、この間弘前で食育のイベントをやったら、22歳の女の子が来たんですよ。そしたら、彼女が小学校六年生の時に僕の味覚の授業を受けたそうです。今22歳になって弘前の大学院に残って、食を通して社会貢献したいというので弘前に行くと一緒に彼女らともイベントをやるんです。そういうふうに非常にやっていて感動的なこともありますし。僕の希望は、二、三千人ぐらい子ども達とイベントをやっていますから、彼女みたいに大学に残ったり、社会人に出て一緒にやると、それが第二世といえますよね。で、その彼女達が、あと十年もすれば結婚して子どもを産みます。その子ども達とまた一緒に、この食育というものをずっと伝えて。“食は三代”といいますのでこういう食育は長く続けて“一まわり”といいますか、料理を通してこういう食育活動をして、何とか社会貢献して子どもたちを立派に導いて素晴らしい日本の国になるように努力していきたいと思います。みなさまも是非、今日帰ってから昆布とカツオとシイタケなどを使って、是非お味噌汁を飲ませてあげて下さい。今日は本当にありがとうございました。

○テーマ
「大切なものを失った日本人」
●講師
服部氏

○内容
現代の食への警鐘。改めて危機感を訴えるとともに、
何とかしなくてはいけないとのお話がありました。
○概要
 食育は平成17年6月17日に議員立法でできた食育基本法という法律です。いよいよ六年目になりました。
まず平成18年から平成22年まで五カ年計画というのを立てこの五カ年を北海道から沖縄まで、そして世界にも食育という言葉を浸透させるため日本語で「ショク・イク」と言っています。食育基本法の第二次をまとめようという事でこの四月から27年3月31日までをまた次期五カ年計画という事で動き始めました。
また北海道から沖縄まで、そして世界にこの食育を普及させようと動くのですが、内閣府で食育がどのくらい普及したかという事で我々調査致しました。71.7%の方が、食育という言葉を聞いたことあると言いました。中身の分かる方という事でさらに追求したところ、27.3%の方が食育を知ってる、と言ってくれたんです。ではどんなことだと思うかと聞いたら、二つの答えが返ってきました。

 一つは、親子料理教室のことではないか。もう一つは、作物を作り、色んな準備をしなければならないから農作業とかそういう事、と言うんですよ。実はもっともっとそういうもの挙げるとたくさんあります。
そこで今日は「大切なものを失った日本人」という事を絡めながら食育というのは三つの柱があるという事を冒頭で申し上げたいと思います。

 今年の四月から、小学校の学習指導要領の中に食育が入りました。小学生にこれを教えて行きます。来年からは中学校の学習指導要領に入ります。三年後からは、高等学校の学習指導要領にも入る事になりました。これで、学校教育の中には相当食育が入ります。これから申し上げる三つの柱をきちっと答えてあげてほしいと思います。
まず一つ目。どんなものを食べたら安全か安心か。それを選ぶ能力、選食能力。これを身につけましょう。
二つ目。衣食住の伝承。家庭の食卓からうまく繋がってないんです。子供の頃にちゃぶ台というのがありました。ちゃぶ台で、お父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃん兄弟が一緒に食事しました。まず席に着いた途端にその座り方は何だと言われる。そして、箸の使い方おかしい。いちいち直されました。上げ下げまでです。いただきますからごちそうさままで。一通り終わらないと席を立ってはいけない。最近、孤食と言われる様に親と一緒に共食をする、一緒に、共に食事をする機会が減って参りました。毎日食事を一緒に、夕飯召し上がっている方を調査したところ、51%の家庭が一緒にしてますという答えが返ってきました。23%の家庭が一週間に大体3、4日です。残りは一年に十日ぐらいと言うんです。

 ある時、母が「お隣のおばさんがおやつを作ってくれたそうよ。頂きに行きましょう。ついてらっしゃい。びしっとするのよ、びしっと。」と言われたんですね。それを見た隣のおばさんが「あら。もっと、気楽に気楽に。ずいぶんいい躾をされたお坊ちゃんね」と言ったんです。そしたらうちの母が「とんでもございません、うちの子どもはとんでもございませんわ。」と言ったんです。ああそうか、僕がきちっとすると母親まで褒められるんだ、ということが分かったわけです。これ皆さんもいろんな場面でそういう事を感じられた事あるんじゃないかと思うんです。
 
 ところが今孤食です。先日、小学三年生の子がうちにも問題ありますと言うから、どんな問題なの?と聞いたら、お父さん・お母さん・の三人家族で一緒に食事を朝からするけど、ドラマを見ながら三人で食事し始めて「お母さん。話聞いて」と言ったら、「ちょっと待ってなさい!今大事なところなんだから!」と言う。「お父さん聞いて」と言ったら、「これを逃したら筋が分からなくなるから駄目だよ」と言うそうです。しょうがないと思うけど本人は8時25分に学校に向かわなきゃいけない。出なきゃいけないのでドラマが終わる前にいつも家を出るのだそうです。そうすると結局自分が話したいと思っても聞いてくれない。
じゃあどんなことなの?と聞いたら「実はいじめにあっているのを伝えたかった」と言いました。「ところが親が聞いてくれないからそろそろ自殺しようかと思ってます。」と言われました。そこまで真剣に悩むよりも僕に言いなさいと言ったんです。そしたら実は「本当に聞いてもらえない親が多くなってきたと私は思います」とこの子が言うんです。こういうことがあってはいけない。

 食卓とは世界中色んなところを回ってきましたけれど基本的には同じもの食べます。大体8割9割同じものです。日本だけですよ。家族が一緒に食事してるのにお父さんがカレーライスでお母さんがスパゲティで子供ピザパイなんていうのは。まるでファミリーレストランでメニュー取ってるみたいな家庭があるんです。
これをすると人間はわがままになるんです。この時に食べなさいと言われないと人間はそういう習慣がつかないと、好きな時に好きなものをどんな格好をしようが何しようが食べてもいいんだと思ったら今度は人が注意するとムカつくようになるんです。これが問題かもしれません。ということで今日はその二番目の、衣食住の伝承がどうも家庭で途切れたというのを一番最後の方に、またさらに何歳ぐらいまでにどうすべきかという話を持っていきたいと思います。

 三つ目の柱は食料問題。環境問題のことなんです。皆さん食料自給率知ってる人は手挙げて下さい。今、9名ぐらいの方手挙げて下さいました。日本で手挙げて下さいと言うと大体0.5%です。ですから手を挙げるのは200人に1人ぐらいです。外国に日本の食文化を伝えに行くんです。行った国で質問します。「あなたの国の食料自給率は何%ですか?」というと、まず低い国で43%の人が手を挙げます。高い所になると78%。挙がらないのは日本だけです。日本の教育に安全保障という教育がないからです。もし電気が切れたらどうしますか。水道が出なくなったらどうしますか。ガスが出なくなったらどうしますか。食料が無くなったらどうしますか。という一番基本的なことが日本は豊かだったためにそんなこと聞かなくても安心だと思っていたのです。今回3月11日、大震災があり津波が来ました。原発事故もありました。三陸海岸というのは日本の中で大体3分の1ぐらいの食品加工その他、魚介類をやっていたところです。世界三大漁業場の一つです。食料自給率何%ですかと私が質問しました。平成21年、実は、カロリーベースで
40%だったんです。

 これから食料自給率はいつ見ればいいかというのをこれから申し上げます。8月15日。何の日ですか?
終戦記念日の新聞見て下さい。必ず食料自給率が出てきます。平成23年8月15日は、平成22年の食料自給率が出るはずです。それをご覧になれば40前後でしょう。問題は二年後です。今年の、23年の食料自給率はがくっと落ちると思うんです。大体30%切るかもしれません。まず三陸海岸地区で15%回遊魚がダウンしたんです。これからカツオが上がってきます。でも船が90%使えなくなりましたから獲れません。
そして瓦礫が海の中にあるため網を入れると全部切れちゃうんです。そして、養殖。養殖がどのくらいかと言うと24%ダウンです。そして、魚介類の食品加工。これが実は34%ダウンなんです。蒲鉾とふかひれが駄目なんです。そして福島のいわゆる風評被害。そして家畜で言うと牛肉と豚肉と鳥肉。これが20km県内は殺処分、そして一番多いのが東北地方というのは豚なんです。この豚がまたダウンしたんです。それが日本全国で40%カロリーベースが大変なことになってしまうということを心配しています。今それを本当に心配している人がどのくらいいるかということなんです。是非8月15日、必ず自給率というものがなんであるかを見るように心がけてみて下さい。
(注)本年度は、8月11日に農林水産省より発表されました。

 三本の柱のもう一つは環境問題なのですが、皆さんにお願いしたいことがあります。世界的な傾向としてサスティナビリティという言葉が20世紀入ってからずっと言われてきました。持続可能ということなんです。世界は全て持続可能に物事を整理し、設計しなければいけませんというのが今世界の潮流です。是非、これから机を設計する場合でも、料理を献立たてる場合もどうやってものを捨てないようにするかとか安全に食べられるかと色んなこと考えなきゃいけない。是非皆さんはそういう意味では、食育の原点というのは本当に三つの柱、これが全部関連しているんだという事をまず知っておいて頂きたいと思います。

 一番目の所にもう一度戻ります。一つ目の柱、どんなものを食べたら安全か危険か健康になれるかこれを選ぶ能力。農薬いっぱいの食材というのは結構売られています。550種類くらいありますが以前に比べると自主的な規制もかかってきました。有機野菜の有機農法でJAS法というのが一番厳しい基準ですけれども、農業場を出てきた食材、有機野菜というのは何%位だと思いますか?JAS法による有機農法と言うのは、たったの0.16%しかないんです。有機と言ってるのは、自主規制で農薬をなるべく使わないようにしよう、減減農法というのがあるんです。そういうことでやってる所が入ってきて4%ぐらいです。二年間は農薬も化学肥料も使わない、放置しておいて登録すると第三者機関がそれを見に来て、種を植えてから収穫までの間、何回も見に来て、本当に農薬使ってないかどうかまでやるんです。日本というのは、湿度が高いところだから虫がついたりするのでなかなか難しいのかもしれません。自主規制というところは今後期待できる所があります。あと、調理済み加工食品の多いこと。

 お母さんの味が大体、手作りで2割ぐらい。八割が全部工場生産でできた食品です。先日小学生に色々と質問したんです。お袋の味知ってる人?と言ったら手が挙がったんです。色々お袋の味聞かしてくれた一人の子が面白いこと言いました。“なんとか食品のハンバーグ”というんです。それは既製品じゃないかと言うと、「いつもお母さんがそれを買ってきて、僕が好きでいつもチンして出してくれるからお袋の味だ」と。お袋の味も変わってきましたね。

 食卓を共食しようということをこの法律ができる前から言って来て、それで法律を作って、その後も言ってきました。共食しましょう、同じ釜の飯を家族が一緒に食べるのがファミリーなんですよ。
今から三年前にローマで食料サミットがあったんです。そこで147カ国が集まり8カ国が日本には食料を売りたくないと言ったんです。日本の人口が減ってきて、世界人口は増えている。自分の国の人口が増えているのになぜ日本に売らなければいけないの、というところが8カ国であったのが、この3年間で25カ国超えました。日本は食料自給率40%に対して、60%外国から入ってきています。そのうちの、60%がアメリカから入ってきていて残りは100カ国ぐらいから入ってきています。アメリカの食のアドバイザーを僕がしている関係があって、今まで60%だったのがこれから70%ぐらい出してあげないと日本が持たなくなるとアメリカが心配してくれたんです。ただ残念ながら出せないと言われました。どうしてですか?と聞いたらブラジル・ロシア・インド・中国のように経済成長率が毎年7%~8%のある国がお金ができたものだから、アメリカに買いに来るそうです。日本は少なくてもいいお客さんだったはずなんだけど、日本よりも高いお金出すから売ってくれと言われて、これからアメリカも特に中国であったり、そういう国に渡さなきゃいけないんです。こういう心配をアメリカ自身がしてるんです。
先ほどの様に25カ国ぐらいが売ってくれない、その他に買い付けに行ったら競争に負けてるんです。これからハッキリ言って食料をどれだけ日本が確保できるかということなんです。そこまで先を考えておかないと日本はこれから大変なことになるという風に心配してます。

 その中で最初の安心安全健康。食料のことに関しても安心で行かなければいけない。
そして二番目の先ほどの様な食習慣が変わってきてしまった部分をもう一度取り戻すために我々はそこに力を入れなければいけない。それには、先ほどの食料もカバーしなければいけない。この三つとも皆関連があるんです。
いよいよ本題に入ります。衣食住の伝承が途切れてきています。1年は365日です。365日×3食で1095食になります。以前、190食は学校給食で900食ぐらいは家庭で食事を家族でしていたと思うんです。
最近のご家庭がどうなっているかっていうのを調べました。190回の学校給食は同じなんです。でも家族が一緒に食事している回数は300食です。3分の1に落ちました。一年間365日もあるんですが毎日一食にも満たないのが平均なんです。一番大事な時期を申し上げておきます。0歳から3歳、3歳から8歳、これがキーワードとしてまず押さえて下さい。0歳から3歳というのはスキンシップが大事なときです。スキンシップや耳から入ってきた情報がすごく大事なんです。今いちばん問題になってるのが男の子はどちらかというと小児肥満という小さいころから肥満の子が多いんです。女の子は痩せ願望。困りましたね。

 僕は12年前にミスユニバースの審査員やったことあるんです。何を基準に見るかというとBMI(ボディーマスインデックス)というものです。体重を身長の二乗で割ると平均が22が標準。25を超えると肥満と言うんです。18・5以下を痩せと言います。僕はそのミスユニーバスを12年前選ぶときは、22前後の人を選んだんです。ところが最近どうも基準が変わってきたんです。8年くらい前から18.5以下でないと優勝しなくなっている。栄養失調でないと優勝しない。これは問題です。6年前に、スペインのマドリッドのモデルクラブが18.5以下をモデルにしないと決めました。翌年、ロンドン・パリ・ニューヨークのモデルクラブでも一斉にそういうことを旗揚げしました。日本は未だに変わってないんです。日本人特有なんです。この痩せ願望っというのは。日本は痩せ願望を捨てないと子供ができないんです。不妊症の人が増えてしまい、もし子供が出来たとしても高血圧症の子ができてしまう。こういったことで日本という国は人口が減っていくんです。実は食育のなかの大きなテーマで、我々は女性が健全に、そしてBMIが22とは言いません、20ぐらいまでには持ってってほしい。今若い子をみて調べて分かることは、特に思春期の子供たちは16.4とか16.7です。もう一度、体重を身長の二乗で出して下さい。
低い数字は子供たちに親の義務として、0歳から20歳までの子は、「そんな食べ方いけませんよ」というのを食卓でやってほしいんです。また色んなお話が出てくると思うんですが、我々はそういうことをきちっと踏まえて教えてあげられる人にならなきゃいけない。そのためには食育をきちっと勉強していただかないといけません。子供を育てる親の役目として、はたしてそれだけのことができているかということをみなさんにお願いをしたいと思います。

 3つの柱、もう一度申し上げますが、どんなものを食べたら安全か危険か健康になれるか、これを選ぶ能力、選食能力。二番目が衣食住の伝承が家庭から途切れてきてます。三番目が食料問題と環境問題、サステナビリティのある問題。これをきちっと押さえて頂きたい。特に衣食住の伝承はどんどん途切れて来て、意識しないまま流れちゃう問題なんです。この0歳から3歳というのは、本当にスキンシップが大事なとき。3歳から8歳というのは6年間です。日本の国では内閣府で男女共同参画の大臣がいます。そういう方々が男女共同参画が大事だと言っています。それは男性と女性というのは平等の部分があります。

 だけど人格が平等なんだけどやっぱりやる仕事や機能が違う。共同で助け合うことはあっても、同じことが出来ないこともあるんです。子育てと言うのは親父がいなくてもなんとかいけるんです。女性だけで生かすこともできるんです。それはなぜかというとミルクをあげる機能を備えているから。この後それを助けるのは親父さんの役目でもあるんですけどやっぱりこれからその違いをある程度わかって、子育てをしていかないとこれからいけないのかなと思うんです。世界中こういう問題が子育ての段階で全部の国にあるんです。こういったことも今、核家族で育ってきた若いお母さん達は知らないんです。前はお姑さんとお嫁さんが一緒に住んでいる中で教えていったんです。残りあとわずかになりましたので、ご質問があればどうぞ。

○質問者:2点程お伺いします。一つ目が、静岡県の自給率がカロリーベースで18%という風に仰っていたのですが、例えば重量などいろいろ指標があると思いますが、そういう指標だとどのような数値がでるのかということがまず一点と、今回は食卓についてのことがメインの内容だった訳ですが、そういう食卓がダメになった要因についてはどのようにお考えですか。

○服部:1つ目は、カロリーベースで計算すると40%です。それとは別に料金ベース・重量ベースというのがあります。基本的に輸入している部分がカロリーベースで来ているものですから、わかりやすいと
いうことがあるのと、料金ベースでいってしまうと安心してしまうんです。重量ベースでいうと70%あります。
我々は、やはり40くらいしかないっていう意識の中でどうやって高めていくかということがあるので、今のところはカロリーベースでいこうという話し合いがなされている訳です。

 2つ目は、我々はいつ頃からそうなってきたかというのを、調べたんです。昭和39年にオリンピックがあり、昭和40年頃から実は結婚ブームというのが起こるんです。オリンピックが起こる10年くらい前から、日本は景気がよくなってきて「そろそろ、オリンピックでもやるか」という話になったんです。
そして、オリンピックが終わった後住宅ブームが始まりその時に、これからは核家族を迎え入れる為の住宅にしようということで、前なら2・3世帯が一緒に住んでいるような住宅だったんですが、そういうのを取りやめて、簡単にできるものがまた売れるようになったんです。そしていつ頃の人が結婚したかというと、大家族で育った経験のある昭和10年~24、5年までの人が結婚したんです。それで昭和40年頃に第1子が産まれるんですが、この人たちは今、45、6歳です。この人たちが、今いろんな問題抱えているのがどのくらいかというと、全体の3割くらいの人たちが問題を抱えている。その人達の子どもさん達がまた出てきてますから、だいたい今半分が問題を抱えています。やっぱりその一つは日本国憲法っていうのがあるんですが、これ一度読み直して欲しいんです。これはGHQが作ったんです。この中にまず家族という言葉が一切でなくなりました。個人という言葉が八か所出てくるんです。その他に義務とかのいわゆる、権利という言葉だけが並んでるんです。それでこれを作ったGHQの人たちが今どのくらいおられるかというと、一人しか残っていなくてその方を追いかけたんです。女性の方です。で、今88歳くらいになられた人ですなんですが、この間お目にかかったときに何と言われたかというと「え?まだあの法律使っているの?私達は1952年に日本を発つときに、もう独立して日本は生きて行きなさいよと言って、自分たちは法律は残してきたけど、翌年にはもう日本は変えていると思いました。それなのに日本はまだ使ってるんですか?」というんです。その法律の中で、実はこういった今の状況でバラバラに家族がなっていくことを、彼らは意識して作った法律なんです。

 ここまでいうと話がオーバーに聞こえるかもしれないけども、はっきり言ってよく読んでご覧になるとおわかりになります。ですから櫻井よしこ先生とも話し合いしたんだけども、櫻井よしこ先生が「一番問題よね、これが」とよく言われてますけれどはっきり言って、日本の憲法自体をやはりもう一度見直す必要があるのかもしれません。変えろとは言いませんが、そこにこういう問題を含んでいるんだとお気づきになられると思います。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://ctj07146.blog33.fc2.com/tb.php/830-5afd634e

 | HOME | 

2017-08

  • «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »

義援金募集

FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

ゆきまつ

Author:ゆきまつ
幸松(ゆきまつ) 
   孝太郎(こうたろう) 
65歳
住所:名張市百合が丘西2ー86
職業:名張市議会議員(無所属)
家族:妻、二男一女の5人家族
座右の銘:
”Mastery for Service
(奉仕のための練達)”
「”社会の中で輝いた生き方”をするために!」

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。