ゆきまつ孝太郎活動報告〔無所属〕

名張市議会議員【2期目】 教育民生委員長

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2012-04-02 [ Mon ]
テーマ:医療に対する考え方

今日は、三方よし研究会のみなさまから「中村仁一」医師の著「大往生したけりゃ医療とかかわるな、自然死の勧め」に関するお話があったので、早速過去の講演を調べてみましたので、一部を紹介しよう。

<プロフィール>
1940年長野県生まれ。社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所所長、医師。京都大学医学部卒業。財団法人高雄病院院長、理事長を経て、2000年2月より現職。一方、「同治医学研究所」を設立、有料で「生き方相談」「健康相談」を行う。1985年10月より、京都仏教青年会(現・薄伽梵KYOTO)の協力のもとに、毎月「病院法話」を開催。医療と仏教連携の先駆けとなる。1996年4月より、市民グループ「自分の死を考える集い」を主宰。

<講演録>
1.健康寿命
健康で、長生きできれば良いが、年老いて、寝たきりになり家族に迷惑をかけながら長生きするよりも、ピンピンころり、と言いまして、昨日まで、ピンピンに元気だった人がコロリと亡くなる。これを誰もが望み、昨今では PPK と表現されている。(会場笑い)

現代の社会現象として介護機能の低下がある。老人を含め、弱者になる時、他の助けを受けないと生きていけない、そんな人生時間が、多くなってきた。 これは、はたして幸せなことか? 

親孝行、したくないのに親があり。(会場笑い)

●介護保険制度は、家族介護が前提としてある。

身体の介護はなんとかいけるが心のケアは介護保険では、無理
たとえ、介護人を頼もうと、しょせん、ヘルパーさんは、時間の切り売りだから、患者本人と心を通わす事が困難。

介護保険制度は、利用者本意→自立を目指す。
本人が自立するようにヘルパーは、協力介護しましょう――ということであるに他ならない。

2.ボケ老人
肉体は自立しているので、精神に介護が必要なのだが、問題行動としてのハイカイ行動にはやはり患者に不安感があるのだ。
つまり自分の置かれている場所が安住の地ではないからそうなるのだから、原因を見つけ、解決することが介護といえる。――にも関わらず、現在の介護制度では、それも不可能に近い。

3.医師会も参入!!
医師会も保険収入が少なくなってきたので、介護産業にも介入する構えだが、現代の医療機関では、医師が専門化し過ぎていて、とても、人の生活情況や患者の性格など、総合的に暖かく診る事ができない。
合理化された近代医療の欠点でもある。  

●本当の病気は専門医には治せない!! 

治癒のみが重要視され、あらゆる手段で延命を施し、全ての苦痛を与えるのが近代医療である。
近代医療信仰は捨てなさい。患者の七割が、病院で死ぬ!!  という現実を知ろうとしない現代人は、近代医療に盲信しているだけ。

●生き延びる事だけが、そんなに大切か!!
病気と共存し、なかよく生きていくことがこれからの医療に対する考えではないか。
遺伝子やら環境で、直すことのできない、病気があることを知りなさい。


●人は不思議な縁で、生かされている。
このことに気付き、思い知った中村氏は、偶然性の否定をする。もしかして、台本通りの人生があるのではないか! 
生きているということは、おかげを被っている。命の布施を頂いている。ことだと気付かれたそうだ。

こんな考えで、医療を施す為、中村氏と波長の合った氏の患者は、心身共に楽になるようだ。

4.まとめ

生老病死は、誰にも変える事のできない真理。
現代人は、近代医学で、生老病死をコントロールできるのではないかと勘違いしている。

●「あきらめ」 の大切さ。
これからは、医療信仰をやめ、あきらめの大切さ を教えることが、真の医療といえるのではないか、人間らしく、生き物らしく、自然に生き、自然に死ぬことが、素晴らしい人生と知ることが、真の人生観ではないか――。

<大往生したけりゃ医療とかかわるな、の著書から一部引用>
最初に、私の考える「医療の鉄則」を掲げます。
一、死にゆく自然の過程を邪魔しない
一、死にゆく人間に無用の苦痛を与えてはならない
 今、日本人の、医療に対する期待には凄(すご)いものがあります。
 最近、耳にした話によると、ある大学病院の集中治療室で亡くなった人の家族が怒鳴り込んで来たといいます。
 「大学病院だから大丈夫と信じて連れて来たのに、こともあろうに集中治療室で死なせるとはどういうこっちゃ」
 本当に困ったことです。

 次の設問は、私が主宰し、16年目に入った「自分の死を考える集い」(以後「集い」と略す)の参加者に、10年程前に行ったものです。
5問中※いくつ○印がつくか、やってみてほしいと思います。
治療に関する思い込み度テスト(信頼度テストともいう)
(1)ちょっと具合が悪くなると、すぐ医者にかかる
(2)薬を飲まないことには病気はよくならない
(3)病名がつかないと不安
(4)医者にかかった以上、薬をもらわないことには気がすまない
(5)医者は病気のことなら何でもわかる
 いくつ○がついたでしょうか。“奇人”“変人”の多い「集い」では、○印がゼロの参加者がかなりの数にのぼりました。流石(さすが)というべきでしょうか。

 少し説明を加えます。
(1)ちょっと具合が悪くなると、すぐ医者にかかる
 国民皆保険によりわずかな自己負担金で、手軽に医者にかかれる状況にあることや「素人判断で様子見していて、手遅れになったらどうするのか」という医療側の脅しが利いているせいで、ちょっと頭が痛いだけですぐCT検査を希望するような情勢が続いています。
 原因療法があるため受診した方がいい病気は、そんなに多くはありません。病気を治す力の中心をなすものは、本人の自然治癒力(後で詳述)です。
 したがって、薬は援助物資であり、医療者は援助者にすぎません。風邪など、原因の大部分がウイルスである場合は、安静、保温、栄養の下、発熱の助けを借りて自分で治すしかないのです。医者にかかったからといって早く治せるわけではありません。
 かつて、四半世紀以上も前にアメリカ合衆国の権威ある学術専門誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」の編集長、インゲルハイム氏が、「病気の80%は医者にかかる必要がない、かかった方がいいのが10%強、かかったために悪い結果になったのが10%弱」といいました。
 その後、これに対する反論がないところからみると、これは現在も変わらないものと思われます。
 だいたい、日本人は医者にかかりやすいとはいえ、あまりにホイホイと病院へ行きすぎるのです。元来、病院は「狭い」「臭い」「暗い」もの。最近は建て替えられて外観はきれいになり、かなり解決されました。しかし、依然として「汚い」「危ない」「恐ろしい」ところであることには変わりはありません。
 だから、軽い病気で病院に行って、重い病気をお土産にもらって帰る可能性は充分にあるのです。
 それゆえ、本来、病院は“いのちがけ”で行くところなのです。

(2)薬を飲まないことには病気はよくならない
 微熱がある、ちょっと鼻水や咳が出る、少しどこかが痛むなどの症状があれば、すぐに薬を飲もうとする人がいます。しかし、前述のように、薬は援助物資であり、力ずくで病気を追い払ってくれるわけではありません。
 それどころか、症状は早く治そうとする身体の反応、警戒サインですから、それを無闇に抑えるのは「自然治癒」を邪魔することになり、治るのが遅くなると考えた方がいいのです。
 ただ、よほどしんどければ、治りが遅れるのを覚悟のうえで、苦痛の軽減、症状の緩和のために、ごく短期間、薬を服用するのは止むを得ません。

(3)病名がつかないと不安
 この背景には、医学がこんなに発達したのだから、病名さえつけば必ず何とかなるはずという、近代の医療に対する重大な誤解、錯覚があります。「原因がわからなければ、どうしようもない」とよくいわれていることと、表裏をなしているものと思われます。
 感染症と異なり、難病、生活習慣病は、その原因が体質や素質(遺伝子に問題)、悪い生活習慣、老化など多岐にわたり、特定できません。したがって、除去、撃退不能のため、完治ということはないのです。
 それなのに、病名がついただけでほっとするのはおかしくありませんか。

(4)医者にかかった以上、薬をもらわないことには気がすまない
 これも前述の通り、病気を治す主役が薬であるという思い込みによるものです。
 元来、化学物質である薬は異物であり、身体にいいもの、必要なものではありません。あくまで、利益と不利益を天秤にかけて、利益が上回ると思える時のみ使用すべきものです。
小さい頃からの薬物教育、健康教育の欠如が原因と思われます。

(5)医者は病気のことなら何でもわかる
 身体や病気のことはいろいろわかってきましたが、まだわからないことがたくさんあります。否、わからないことの方が多いといっていいのではないでしょうか。
 したがって、いくら勉強していてもわからないことが、いくらでもあるのです。
 しかし、患者を前にした臨床場面では、「わからない」といえばヤブ医者扱いされてしまうので、わかっているような顔をして理屈をこねることになります。
 だから、わからないことをわからないとはっきりといえる医者は、よほど勉強しているか、不勉強を棚に上げて臆面もなくわからないといえる鉄面皮な医者かのどちらかでしょう。
 ただ、実際問題として、患者に向かって「わからない」というにはよほどの勇気が必要です。それにもかかわらず口に出せる医者は、何がわかっていて何がわからないのかを心得ていると受け取り、信頼してもいいと思われます。

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プロフィール

ゆきまつ

Author:ゆきまつ
幸松(ゆきまつ) 
   孝太郎(こうたろう) 
65歳
住所:名張市百合が丘西2ー86
職業:名張市議会議員(無所属)
家族:妻、二男一女の5人家族
座右の銘:
”Mastery for Service
(奉仕のための練達)”
「”社会の中で輝いた生き方”をするために!」

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