ゆきまつ孝太郎活動報告〔無所属〕

名張市議会議員【2期目】 教育民生委員長

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2012-03-28 [ Wed ]
テーマ:防災教育

昨日は、ADSホールにて、東日本大震災の津波から多くの小中学生が生き延びた「釜石の奇跡」の立役者である群馬大学の片田敏孝教授が、防災教育について教員・地域の住民の方々に向けて熱く語りましたので、過去の講演集をたよりに、この講演会の模様を読者にお届けします。

■片田氏の講演「東日本大震災からの教訓」 

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講演 「想定外を生き抜く力 
~命を守る主体的姿勢を与えた釜石市津波防災教育に学ぶ~」
群馬大学大学院教授 広域首都圏防災研究センター長 片田敏孝氏

■ 津波警報があっても、住民は逃げなかった

津波は定期的に起こる現象です。そしてその都度、日本の沿岸部を襲います。津波だけではありません。日本は災害大国です。地球温暖化の影響でこれから豪雨や台風による洪水・土砂災害が増えてきます。台風はどんどん大きくなり、川は氾濫します。
日本は災害大国であり、防災大国でもあります。日本の技術で自然災害を押さえる取り組みをこれまでやってきましたので、防御レベルはかなりのものになっています。そのため、自然災害に向かい合う姿勢はなくても堤防が守ってくれる、大丈夫、と思っている人が多いようです。
大きな揺れが数分間にわたって起こる地震は、海溝型の地震です。1分間以上の地震は、必ず津波が来ると思ったほうがよいです。津波は単なる大きい波というイメージがあるかもしれませんが、違います。海の水位が突然上がって、怒濤のように陸地に流れ込んできます。海からの大洪水というイメージです 。

3月11日の東日本大震災よりも前は、釜石市をはじめ、三陸沿岸では津波警報があってもほとんどの人が逃げていませんでした。津波警報が外れることが多いので「またか…」と思う人が多かったのだろうと思います。
「もし本当に大きな津波が来たら多くの方々が亡くなってしまうのでは…」と、大きな危機感を抱いていました。市の公民館や文化会館で防災講演はやっていましたが、毎回来る人は同じでした。来てくれる人はもともと防災意識が高い方々です。広く市民の方に知っていただくことはできませんでした。
津波警報が出ても避難しない人たちに、どうやって避難する姿勢をもっていただくか、この大切さをわかってもらうことが非常に難しかったです。

学校の中でずっと防災教育をすれば、10年経って彼らが大人になったときには、津波警報がでたら避難することが当たり前のように思う住民でいてくれるのではないか。そう思って、8年にわたって釜石市の小中学生と津波に関する勉強を一緒にしてきました。

■ 本当に「想定外」だったのか?

「今回の地震は、想定外だったから仕方が無かった」と言葉で片づけるのは楽ですが、それでは事の本質がわからないまま終わってしまいます。では、想定外と言うならば、想定とは何かを考えてみましょう。

今回の津波自体は、ひとつの自然現象です。「あり得る」のです。自然の営みとして考えるなら、想定しようと思えばできます。すなわち、想定の内です。

しかし、防災で守ろうとするときには、無尽蔵に大きな災害に対しすべてを想定していたらきりがありません。
「防御の目標」として想定することが必要となり、ある程度の想定内で防災をすることになります。
防御に目標があって、それを超えるものが必ずあることを頭に入れておかなければなりません。

■ 世界一の防波堤が決壊

明治29年、釜石市の東方沖を震源として東北太平洋沿岸を襲った『明治三陸大津波』では死者約2万2000人に上りました。釜石市は当時の人口6,500人のうち4,000人亡くなりました。同じく釜石市の東方沖を震源とした昭和8年の『昭和三陸大津波』でも多くの死者を出し、昭和35年にはチリ地震津波にも襲われました。

釜石市では、これまでの過去の津波を防御の目標として、平成20年に海底63メートル、水面上6メートルの防波堤を完成させました。ギネスブックに認定された「世界一」の堤防でした。住民は、これでやっと安心して生活できるようになったと思い込んでしまいました。しかし、今回の津波で堤防はズタズタに破壊されました。逃げられずに亡くなった人はたくさんいます。

どこの地域にどのくらいの深さまで津波が来るのかという情報が書かれている「ハザードマップ」を、釜石市は住民に配っていました。釜石市の津波浸水想定エリアは、堤防ができたおかげで過去の津波浸水範囲と比べて狭くなっていました。皆さんがもしマップを受け取ったら、まず自分の家を探すでしょう。そして、浸水想定境界線に入っていなければ安心するでしょう。今回の津波では、ハザードマップの浸水想定外に住む人たちがたくさん亡くなりました。

住民の中には、「『明治三陸大津波』も『昭和三陸大津波』も、うちには津波が来なかったから大丈夫」「立派な堤防ができたから、うちは大丈夫」「市役所が出したハザードマップによれば浸水しないから大丈夫」と言っていました。これは正しいでしょうか? 相手は自然なのですから、どんなことでもあり得ます。懸命に命を守り抜く姿勢をもちながら生きなければならないのです。

日本は特殊な国です。町を歩いていて命の危機を感じません。海外では、犯罪、ピストルがある危険な国はたくさんあります。 たとえば南米のグアテマラという国は、人口よりも多いピストルが出回っています。皆、自分の身を守ることに必死です。日本は「自分の命を守る」ことに対する敏感さを無くし、自分の身を守ることに対してすごく受け身になっていると感じます。


■ 「避難3原則」

釜石市には中学生999人 小学生1,927人の約3,000人の小中学生がいます。 津波が来たときに登校していた子どもたちは、全員の無事が確認されました。ただし、登校していなかった子どもたちのうち、5名が津波の犠牲となりました。メディアから「釜石の奇跡」と呼ばれましたが、1名の犠牲者も出したくありませんでした。決して奇跡ではなく、褒められるものではないと思っています。しかしその一方で、自分の命を守り抜いた小中学生に対しては、心から褒めてあげたいと思っています。

私は8年間、釜石市の子どもたちに津波から生き延びられるための防災教育をしてきました。「避難3原則」に集約してポイントをお話します。

1.【想定にとらわれるな】
私は子どもたちに「ハザードマップを信じるな」と言ってきました。ハザードマップすら無いと、どこにどんな津波が来るかのイメージすらできないのでマップは必要です。ですが、これはあくまで明治三陸地震が来た場合を想定したマップです。マップをうのみにしてはいけません。ハザードマップの浸水想定外のエリアにある学校でも、もっと大きい津波がきたらそこも危ないのです。

君たち自身が判断しなければならない。
どんなことも起こりえるのだったら、君がやるべきことは何なのか考えようと言ってきました。


2.【最善を尽くせ】 「ここまで来ればもう大丈夫だろう」ではなく、そのときできる最善の対応行動をとること。
大きい津波が来ようが小さい津波が来ようが、子どもたちには最善を尽くせと言ってきました。
なぜなら、そのとき来る津波がどのようなものなのか、わからないからです。
3月11日は、雪の降る釜石市では震度5強くらいの地震が5分以上続きました。釜石中学校の教頭先生はハンドマイクを持って避難の指示をしようとしたら、生徒は揺れている最中からすでに避難所に向かって走り出していました。
ある先生が「逃げろ」と叫ぶと、まずはサッカー部の生徒が逃げ出しました。ほかの生徒も後に続きました。「津波が来るぞ!逃げるぞ!」と鵜住居(うのすまい)小学校に向かって声をかけながら走りました。
鵜住居小学校はつい最近耐震補強が終わったばかりでした。はじめ小学生たちは3階に上がっていました。しかし、 普段から中学校・小学校合同で避難訓練をしていたこともあり、小学生にとっては顔見知りだったお姉ちゃんお兄ちゃんが一生懸命走ってくるものだから、それをみた小学生は中学生の後について走りました。


地域のおじいちゃん、おばあちゃんも小中学生に後についていきました。鵜住居保育園の保育士さんも、子どもたちを連れて坂道を登りはじめました。その子どもたちを中学生が抱っこして、予め決めておいた避難場所の「ございしょの里」まで行きました。
しかし、「ございしょの里」の近くの崖が崩れているのを発見し、危険と判断してさらに上へ上へと目指しました。高台にたどり着いたその数十秒後に、すぐ近くまで津波が到達し、まさに危機一髪でした。


3.【率先避難者たれ】 私は、自然に向かい合って主体的に逃げること-「率先避難者たれ」ということを教えてきました。 自分の命があって、はじめて人の命を助けられます。 人の命も気になるけど、まずは自分の命を守り抜くことです。

もし、非常ベルがなったときに、みんなは直ちに逃げますか?
「この前鳴ったときも誤報だったし、大丈夫だったし、みんな逃げていないし」と思うのではないでしょうか。まさか自分が火事に巻き込まれているとは思っていません。 非常ベルが鳴って煙の匂いがして、「火事だー!」と誰かが叫んだら、ようやく逃げるでしょう。

非常時には、みんな不安な状態の中にいます。 だから、君が勇気を持って一番はじめに逃げる。そうすれば群衆心理でみんなが君についてくる。君が逃げるということが、多くの人の命を救うことになるのです。
ただし、かっこわるく見える。多くの場合は誤報で空振りに終わり、またみんなのところに戻ってこなければならないからです。でも、空振りだったら「何事もなくて良かった」と思ったほうがよいのです。

私はずっと釜石市の子どもたちに、「一番始めに逃げられる、勇気ある中学生になれ」と言ってきました。
■ 津波てんでんこ

「津波てんでんこ」とは、三陸地方に残る、津波から子孫を残すための教えです。 津波があったら、一人ひとりがてんでばらばらに逃げろという意味です。

もし、地震が起きてからお父さんお母さんが君たちを迎えに行くとしたら、お父さんお母さんはその途中で津波に巻き込まれるかもしれない。お父さんお母さんには、「僕は絶対に逃げるから、お父さんお母さんも逃げて」と言うよう、子どもたちには言ってきました。
地震があったら、自分の命を守るために一人ですぐに逃げること。これで一家全滅、共倒れになることを防ぐことができます。命を守り抜くこと、一人ひとりが命に責任をもつこと、それを家族同士で信頼しあえることが重要なのです。

■ 「助けられる人」から「助ける人」へ

釜石市では小中学校合同で避難訓練をしてきました。中学生が、小学生や怪我をした人の避難を支援する訓練をしていました。中学生として災害時にできるあらゆること学習してきました。

防火訓練、応急処置や救急搬送を消防隊から習ったり、非常食炊き出し訓練、津波記念碑の清掃、竹ざお担架づくりなどをしてきました。寝たきりのおじいさんやおばあさんをリアカーで引いて避難する練習もしてきました。彼らは地域の一員という意識で行動してきたのです。


■ 津波なんか恐れる必要はない

日本はどこに行っても災害の危険があります。ですが、人間は災害の危険に毎日恐れながら生きて行くことはできません。
釜石の子どもたちは、自然豊かで海はきれい、そうした釜石の自然の恵みをいっぱいもらっています。自然の恵みに近づくということは、災いに近づくということでもあります。今回のような大津波は50年、100年に1回あるかないかという災害です。 「恐れるよりも、日々日常の自然を満喫してほしい。ただし、津波が来るその日そのときだけは災いをやり過ごすための行動をとれ。それがこの土地に住む人が持つべきお作法だ」と彼らに伝えてきました。

自分の命を守り抜く、そんなみんなでいてほしいです。

【その他のポイント】
■ 人間教育まで広がる防災教育

自然に向かい合う「姿勢」をどう与えるか、という教育は大事だと思っています。 自然災害は、どんなことが起こるか分かりません。それでも生き延びる子どもであるための「姿勢」をつくることが重要です。

テクニカルに津波の逃げ方を教えるのではなく、そのときの最適な手段は何だろうと考えさせ、危機に向かい合う姿勢を教えていました。 おじいさん、おばあさんを助ける、小さな子どもたちの学校教育を助ける訓練を通して、子どもたちは地域の一員としての役割認識をするようになり、人間教育まで広がりました。 マニュアル的に対応する姿勢ではなく、困難を乗り越える力、その中で弱い者への配慮など、生きることそのものを彼らは学んでいます。防災教育を越えた教育効果があったと思います。

防災は、みんな敵(災害)を知りたがります。しかし、最大の敵は己、そのとき避難しない自分です。「敵を知るよりは己を知れ」と、子どもたちに伝えていました。 地震で揺れてもなかなか逃げられないのが普通の人間です。人間、我が身は大丈夫だと思ってしまいます。

常におびえる必要はありませんが、大きい揺れがきたらちゃんと逃げる。 その日そのときだけ意識を切り替えて、ちゃんと行動できる自分であってほしいです。


片田敏孝(かただ・としたか)
1960年岐阜県生まれ。豊橋技術科学大学、同大学院博士課程修了。工学博士。東海総合研究所研究員、岐阜大学土木工学科助手、名古屋商科大学専任講師を経て群馬大学工学部建設工学科に。同科講師、助教授を経て2005 年教授。2007 年群馬大学大学院工学研究科社会環境デザイン専攻教授、2010年広域首都圏防災研究センター長。ハード重視の都市防災からソフトを重視する災害社会工学を提唱。岩手県釜石市などで防災・危機管理アドバイザーを務める。文部科学省の有識者会議の委員として「防災科」の創設を提唱している。


•釜石市内の小中学校での防災教育で、
特に重きを置いたのが“自然に向かい合う姿勢”を
子供たちに与えるということである。

<今日のおさらい>
•そして彼らに伝えたのが、次に挙げる避難三原則だった。
 
●一つ目は「想定にとらわれるな」。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
•端的に言えば、ハザードマップ(災害予測図)を
信じるなということである。
•最初に取り組みを始めた鵜住居(うのすまい)小学校は、
マップ上では浸水想定区域外にあったため、
子供たちは「自分の家は安全だ」「この学校も大丈夫だ」と
安堵していた。
•しかし、災害時に非常に多いのは、
マップの想定に基づいた行動を取って人が亡くなるケースである。
•そこで私は子供たちに、
•「ハザードマップはあくまで想定にしかすぎない。
 相手は自然なのだから、どんな想定外のことも起こり得る。
 先生が大丈夫と言ったから安全だ、といった
 受け身の姿勢でいては絶対にダメだ」
 
と伝えた。

●二つ目は「その状況下において最善を尽くせ」。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
•ここでは、今回の地震発生時、
釜石東中学校の子供たちが取った行動を紹介したい。
•三月十一日午後二時四十六分、
約五分間にわたる激しい揺れが続いた。
教頭先生が校内放送で避難を呼び掛けようとしたが、
停電によって音が流れない。
•しかし、部活動をしていた中学生は、
すでに揺れている最中から自らの意思で校庭を駆け出し、
隣の鵜住居小学校に向かって
「津波だ。逃げるぞ!」と大声で叫んでいた。
•児童たちは当初小学校の三階に避難していたが、
日頃から中学生と一緒に避難する訓練を重ねていたので、
その声を聞いて一斉に校舎を飛び出し、
中学生と合流して避難を始めたのである。
•そして彼らは予め指定してあった避難所に辿り着いた。
しかし避難所の脇にある崖は崩れかけており、
海へ目をやると津波が防波堤に当たって
激しい水飛沫(みずしぶき)を上げている。
•この様子を見たある男子生徒が
「先生、ここじゃダメだ」と言って、
さらにその先にある施設へと移ることを提案。
•無事全員が移動し終えたわずか三十秒後、
最初にいた避難所は津波にさらわれることとなった。
•当初、学校は津波に浸からないものとされていたが、
校舎の三階に車が突き刺さっているほどだから、
屋上まで冠水したことは疑いがない。
•もし想定にとらわれて、学校や最初の避難所に
とどまっていたとしたら、命を守ることはできなかっただろう。
 
●三原則の最後は「率先避難者たれ」。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
•もし“その時”がきたら、他人を救うよりも、
まず自分の命を守り抜くことに専心せよ、という意味である。
•今回の津波でも、大声を出しながら全力で駆け出した
中学生たちが児童を巻き込み、大挙避難する彼らの姿を見て、
住民の多くも避難を始めた。
•子供たちは文字どおり率先避難者となり、
周りの大人たちの命をも救ったのである。
•ただし、この三原則で述べられていることは
多くの子供たちにとって受け入れ難いものでもある。
•それまで先生の言うことや教科書に
書かれてあることは正しいと教えられてきたのに、
資料を配られて、いきなり「この地図を信じるな」と言われる。
•混乱を招いてしまうかもしれないが、
想定にしかすぎない資料を見て安易に
それを鵜呑みにしてしまう人間の弱さに気づかせ、
災害に向かい合う姿勢というものを持たせるのである。
•「率先避難者たれ」も、それまで教わってきた
倫理観からすると大きく逸脱しているかもしれない。
•自分だけが助かればよいのかという
捉え方になってしまいがちだからだ。
•そこで私は、子供たちにこんな話をした。
•「人間はいざという時に、逃げるという決断が
 なかなかできないものだ。
 例えば、非常ベルが鳴った時に逃げ出す先生を見たことがあるか。
 ベルの意味合いは分かっていても、
 『ええ、本当に?』と、誰もその情報を
 すぐには受け入れようとはしない。
•皆が疑心暗鬼になってはいるが、
 いまがその時だとは思えずに、周りをキョロキョロ見ている。
 
 “初着情報の無視”とも言うべき
 この人間の習性を打ち砕くには、
 同じことを意味する二つ目の情報を与えなくてはいけない。
•だから君が逃げるんだ。
•君が率先避難者になれ。
•その状況を打ち砕くのは君なんだ」
•すると生徒の表情が少し変わる。
•「でも想像してみてほしい。
 非常ベルが鳴った時、最初に部屋を飛び出していくには非常に勇気がいる。
 
 何だか弱虫でおっちょこちょいのようだし、大抵は誤報で、皆から囃し立てられながら再びここへ戻ってこなくてはならない。
 
 けれども、実際に災害が起こると、
 そういう状況の中で大勢の人が亡くなっていく。
 君自身が逃げるという決断をすることで
 皆を救うことができるんだ」
•そして、逃げるという行為がいかに知的で、
 自分を律した行動であるかを言って聞かせるのである。
•このように、彼らには地震や津波の
 “知識”を与えたわけではなく、
 防災へ向かい合う“姿勢”を与える教育を行ってきた。
 
 この先どんな事態が襲ってきたとしても、
 自分の最善を尽くし、生き延びる姿勢を
 持った子であってほしい。
 
 そして今回、釜石市内にある十四の学校の子供たちが
 それを見事に実行してくれたおかげで、
 約三千人の命が守られることになったのである。
 
 
 以上ですが、午後1時30分から約2時間30分を話し続けた感動の防災教育でした。

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プロフィール

ゆきまつ

Author:ゆきまつ
幸松(ゆきまつ) 
   孝太郎(こうたろう) 
65歳
住所:名張市百合が丘西2ー86
職業:名張市議会議員(無所属)
家族:妻、二男一女の5人家族
座右の銘:
”Mastery for Service
(奉仕のための練達)”
「”社会の中で輝いた生き方”をするために!」

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