ゆきまつ孝太郎活動報告〔無所属〕

名張市議会議員【2期目】 教育民生委員長

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2012-03-26 [ Mon ]
テーマ:老年とは

今日は、三方よし研究会メンバーである東近江市長の西澤さんからのメッセージを紹介しましょう。

1.東近江市長の西澤さんからのメッセージ
 最近、新刊書を読みたいと思っても、なかなか情報が入ってこないので、書棚から古いけれども面白い本で、まだ余り目を通していない本を探していたら、『空と青い花と』と書籍を見つけました。

この本は、故中沢敞(前中沢医院長)の自費出版による、滋賀県医師会報などに寄稿された原稿を編集・出版されたもので、故中沢先生から直接出版当時に贈呈を受けましたが、あまり目を通さずに書棚の奥にしまいこんでいました。
故中沢先生は、私が旧八日市市役所職員で市辺(いちのべ)公民館主事として勤務していたときの公民館長(非常勤)で、1週間に1度程度お会いするなど、話を伺う機会は相当ありました。その中で、「高齢者の生き方」という題で他の公民館の高齢者学級などで講演された内容を鮮明に覚えていることがあります。今から30年ほど前の話です。

「高齢者が如何に上手に生きるかということは、如何に上手に死ぬかです」と述べておられました。「比較的若いときに脳溢血で倒れたら、その後何年も本人、家族とも苦しむ。しかし90歳を越えて倒れたら、あまり長く苦しむこともなく、早く死ぬことができる。成人病にならない生き方、暮らし方を身につけることです」というような趣旨であったように記憶しています。さすがにお医者さんのお話と、感心していました。 

さて、贈呈を受けた『空と青い花と』の中に、「老人になる学」という1976年12月滋賀県医協ニュースに投稿された原稿がありました。
今回その原稿を、ほぼそのまま(西澤が句読点などを加除しました)ワードファイルで目を通していただきたいと思います。

この原稿の結論は、「老人になるための教育の時期であるが45才から55才の方を相手にしてやるのが最も適当ではなかろうか。教育内容としては、身体的な面は勿論、精神医学的に、心理学的に、そして又経済学からも総合して組み立てるべきであろう」ということでしょうか。

45才から55才くらいまでの年齢の方に「老人になるための勉強(研修)」をすることが、介護予防、保健の面だけでなく、介護者としても理解することで、超高齢社会を乗り切る一つの方向性を示すことになるような気がします。

早速、平成24年度の東近江市職員の研修内容に入れるよう担当者に依頼します。


2.「老人になる学」(中沢敞著『空と青い花と―随想集―』1982年)

(1976年12月滋賀県医協ニュース)
序説
 ながく生きていれば、いずれ老人になるのはあたりまえ。ところで人が人であるためには教育が必要である。赤ん坊には赤ん坊の、青年には青年の、つまりその年令に応じた、そしてその時期でなければいけない教育がある。その時々に身につけなければいけないことがある。

 私は変な発見をした。テレピドラマ を見ていると食事の場面が無闇に多いが、面白味も感じない時は俳優の手つきを見ることにした。彼等のお箸の持ち方を研究(?)するつもりだ。時にはあの子は田舎のポッと出に扮し、わざと握り箸をしているかと思うときもあるけれど、そうとばかりはいえないのもありそう。そして箸の持ち方一つにも習うのに時期があると思う。それは多分幼稚園から小学3、4年までではあるまいか。美人の女優でも男前の俳優でも変な箸の握り方をしているとちょっと気の毒になる。その年令のころ、ゆったりした、いい家庭生活をしていなかったのではないかと疑いたくなるのだ。
 
 私の高校時代に親しい同級生がいくたりか居た。毎日金魚の糞みたいに一緒に歩き廻り話しあった。たまたまその中の1人の箸の持ち方がおかしいのを発見したけれど、何年ものあいだ遂にいい出し得なかった。私がやはり根は江州人で、人の気を悪くするようなことをいわないでおいた方がいいと感じたことも理由の一つであろうが、それをいうのが何かいやな悲しいことのように思えたのも事実である。後で知ったことであるが、彼はあまり幸福な少年時代をおくっていない。そして若くて死んだ。
 
 さて前置きが長くなったが、子供は大人になりたがる。とにかく勉強し立派な大人になりたいと頑張る。大人になったらなったで、出世したいと頑張る。青年は青年なりに、壮年は壮年なりに、しかし老年を目の前にして誰がそれほどの熱心さで立派な老人になることを学ぶであろうか。それだからこそ強引にでも教育しなければならないのではなかろうか。
 
 ひるがえって老年とは何才のことをいうのであろうか。昔から初老といって42才をさした。今でいえば41才何か月である。私も初老になった時、当時の同年の人達が祝だか厄払いだかで、京都のどこやらへ参るといってさそってくれたが行かなかった。今から思うと老人の第一歩の教育であったのに悪いことをした。70古来稀なりで70才はまちがいなく老人である。まる寿として厚生省も認めている。65才も医療費無料化の叫びがあるくらいで老人であろう。しからば、60才は還暦として昔の五行やエトがもとにもどるということで一仕切りにしてあるが、これも老人といってよい年であろう。
 
 それなら55才定年といって事業所でくびになるのはやはりこれで壮年は終りという社会通念から出発しているのであろう。では老人はいったいいつからだろう。42才初老か、55才定年か、60才還暦か、65才医療費無料化か、70才古稀か。私は勝手に55才を初老、65才を中老、75才を大老とする説をこしらえて見たが如何であろう。
 
 そこで老人になるための教育の時期であるが45才から55才の方を相手にしてやるのが最も適当ではなかろうか。
 教育内容としては、身体的な面は勿論、精神医学的に、心理学的に、そして又経済学からも総合して組立てるべきであろう。
 ある朝、ふと鏡をみると頭髪の中に白髪が見える。新聞の小さい活字がボーっとして思わず向うへおしやって見てはっとする経験は誰にも起ると思うが、組織だって教える人はない。自分で悟るより仕方ないことであろうか。
 私の廻りに老人となっても老人としての心と体の持ち方をさっぱりしらない人達が案外多いのを見ると、何とか教育しておくべきではないかと思う次第である。』

私は、60才を過ぎたわけですが、まだ「青春」真っ盛りと思って何事にも興味を持って行動しているので、できれば、動ける75才までは、”老人=老年になったね!といつまでも言われることなく、また考える間がないような人生を送っていきたいと思っていることをお伝えしてこの紹介を終えたい。。

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プロフィール

ゆきまつ

Author:ゆきまつ
幸松(ゆきまつ) 
   孝太郎(こうたろう) 
65歳
住所:名張市百合が丘西2ー86
職業:名張市議会議員(無所属)
家族:妻、二男一女の5人家族
座右の銘:
”Mastery for Service
(奉仕のための練達)”
「”社会の中で輝いた生き方”をするために!」

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