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 ゆきまつ孝太郎活動報告〔無所属〕

名張市議会議員【2期目】 教育民生委員長

2012-02-25 [ Sat ]
テーマ:社会保障史

スウェーデンの社会保障史について、日本の研究家がさまざまな研究をしているため、どのような考え方があるのか「渡辺博明氏」の1980年ー2000年ごろまでについて、一部を引用して紹介してみたい。なお、この研修講師である訓覇史の研究も掲載されているので参考にしてほしい。

『ヨーロッパの北に位置するスウェーデンは,歴史的に見ても日本とのつながりが深い国とはいえないが,同国は戦後のある時期より「福祉国家」として世界的に知られてきており,社会保障史に関して一部を紹介したい。

まず,「社会保障」という言葉の意味であるが、わが国においてこの語は,社会保険や公的扶助を指して狭義に用いられる場合と,所得保障と医療・社会サービスを合わせて広義に用いられる場合とがある。また,スウェーデンでは,さらに広く,労働市場政策,教育政策,住宅政策なども含めた「社会政策social politik」として論じられることが多い。社会保障がわれわれの生活に深く関わる一方で,スウェーデンの実態については,わが国のそれとは大きく異なるにもかかわらず,日常的にその情報を得る機会は少ない。レポート的著作や論文等で紹介されているが,同国における議論では多少誤解が多いのではないかと思っている。
ところで,社会保障をめぐっては,年金や高齢者福祉などのそれぞれの分野に,その理念や方法に関する固有の研究領域があるだけでなく,社会的・経済的・政治的諸条件を視野に入れた政策論や,他の分野との関連も含めた全体のシステムとして検討する視角もある。さまざまな研究を福祉国家の発展と変容という文脈の中に位置づけて整理していくことにしたい。
以下では,わが国におけるスウェーデン社会保障研究の展開を概観した上で,同国に注目する多くの論者が共有している視点について検討する。その上で,そうした諸研究の意義について,現在の先進諸国の社会状況に照らして考えてみる。

1 スウェーデン社会保障の展開
①福祉国家
 一般に,先進諸国の社会保障は,高度経済成長とともに整備・拡張されてきたといえる。社会保障を不可欠の政策領域として位置づけ,それを通じて経済発展の成果を国民に還元していく体制は,しばしば「福祉国家」と呼ばれる。1960年代から70年代半ばにかけては,いわば「福祉国家の黄金時代」であった。
スウェーデンでは,第二次世界大戦後間もなく,国民年金を中心に全国民に最低限度の生活水準を保障するための諸制度が整備された。しかしその後も社民党政権の下で,公的支出の拡大を通じ,社会保障が対象とする分野および人々の範囲が次々に広げられていった。それにともない同国は,世界でも最も発達した福祉国家として知られるようになり,「福祉先進国」の称号をイギリスから奪い取るまでになる。

わが国においても,1960年代半ばに一番ヶ瀬康子らがスウェーデンの社会保障研究を始めている。67年には,彼女らが発起人となって,同国の経験をさまざまな角度から学ぶことを目的とした「スウェーデン社会研究所」が設立された。一番ヶ瀬は,「スウェーデン社会福祉の正しい認識を進めたい」として,小野寺百合子とともに『スウェーデンの社会福祉』(初版1968年)を著わし,各分野の制度を紹介した(一番ヶ瀬/小野寺1972)。
この頃のスウェーデンの社会保障については,他に,川口弘が,年金,健康保険,失業保険,高齢者福祉,税制などに関するレポートをまとめている(川口1974)。

②社会保障の本格化
1980年代になると,スウェーデンの社会保障のあり方を,その背景をも含めて多角的に検討しようとする試みが現れ,わが国における研究も本格化していく。
この時期は,先進諸国一般について見れば,福祉国家の発展メカニズムが従来のようには機能しなくなり始める頃である。1973年の石油ショックを機に高度経済成長が終わりを迎えると,経済不況とそれに伴う税収の伸びの鈍化,その一方で膨らむ社会支出や増大しつづける国民の要求によって,財政が悪化し,福祉国家の「危機」が叫ばれるようになる。
政治的には,70年代末から80年代初頭にかけて,「小さな政府」を標榜する「新保守主義」の政権が相次いで登場した。イギリスのサッチャー政権やアメリカのレーガン政権,ドイツのコール政権,わが国の中曽根政権などであり,それらは「財政再建」の目標に加え,「行き過ぎた社会保障が国民の自立心や経済的活力を奪う」という主張を展開して,社会保障費の削減を試みた。

こうした状況の下,わが国の社会保障研究者たちは,新保守主義の目指す方向とは対極にあるかに見えた「高福祉・高負担」型のスウェーデンに注目した。スウェーデン社会研究所は『スウェーデンの社会政策』を刊行したが,平田冨太郎所長による「監修の言葉」の中には,「活力ある福祉社会」の名の下に「福祉・教育の切り捨て」を進める「臨調」路線へのオルタナティブを検討するという問題意識が表われていた。同書は,教育政策や住宅政策をも含む社会保障の各分野について,制度の概要やその理念を紹介するとともに,それらを可能にした政治的および経済的要因についての分析をも含むものであった。
やや間を置いて1987年には,社会保障研究所による各国研究シリーズの一環として,『スウェーデンの社会保障』が公刊された(社会保障研究所編1987)。同書も,歴史,政治,財政といった背景の検討を通じて,スウェーデンの社会保障の全体像を把握することを狙った共同研究に基づくものであった。また,その第二部「所得保障」および第三部「医療保障と社会サービス」においては,80年代半ばでの各分野の制度が詳しく紹介されており,この領域におけるスタンダードともいうべきものとなった)。

④ 高齢者および障害者福祉について
1990年代に入る頃から,スウェーデンの社会保障を扱った著作の数が増していく。中でも高齢者福祉に関するものが多く,さまざまな調査・研究が続々と刊行されていった。その背景には,同国の高齢者ケアの理念や実践がユニークであり,利用者本位,人間性重視という点で学ぶべきものが多いという理由があった。また,わが国において高齢化社会への対応が本格的に議論され始めたこととも大いに関係があろう。

山井和則と斉藤弥生は,豊富な現場視察経験をふまえ,個性と人格を重視した高齢者介護の先進性を指摘し,それを支える政治的条件を考察した。そして,高齢化率の進行段階に応じて各国社会は共通の課題を持つという仮説に基づき,わが国の社会福祉がスウェーデンの経験に学ぶことの必要性を説く。この研修の講師である訓覇法子は,高齢者と家族,介護スタッフの関係に注目しながらホームヘルプ・サービスの実態を報告し,充実した公的福祉が民主主義の価値観とそれを育む学校教育によって支えられている点を指摘する(訓覇1997)。
岡沢憲芙と多田葉子は,スウェーデンの高齢者政策の歴史,いくつかの自治体での事例,それらを支える理念などについて体系的に検討した。奥村芳孝は,高齢者福祉に関わる諸制度やその効果を,データを交えて詳細に分析している。また,ビヤネール多美子は,スウェーデンの高齢者福祉の諸側面を,自らの体験やインタビューを交えてレポートしている。
人格を尊重したサービスを追求するという点では,障害者福祉の分野におけるスウェーデンの経験も注目される。河東田博は,知的障害者(河東田自身は「障害」という言葉の持つ否定的な意味を嫌って「しょうがい者」の表記を提唱)が自らの生活を支えるシステムの構築に関わった事例を紹介し,「当事者参加の論理」の重要性を指摘する。また,二文字理明らは,障害者福祉に関わる法令と,それらの法令が制定される背景となった社会庁の勧告や審議会の答申を合わせて訳出し,この分野におけるスウェーデンの取り組みをわが国に紹介した。

⑤ 全体像について
1980年代末から90年代にかけては,スウェーデンの高齢者福祉が注目される一方で,幾人かの論者が,それぞれの視点から同国の社会保障システムの全体像をとらえようとした。戸原四郎は,統計資料を用いて公共部門の大きさとその内訳を示し,財源面からスウェーデンの実態を詳しく検討した。丸尾直美は,スウェーデンの経済や雇用政策の動向に注意を払いながら,同国の福祉国家が,福祉の充実と経済的合理性の両立を追求しつつ,そのジレンマに悩みながら試行錯誤を繰り返してきたと見る)。また,竹h孜は,諸制度の相互連関とそれらを支える政治的背景を含めて「生活安定と向上の仕組み」と捉える視点に立ち,スウェーデンの社会保障を総合的に検討した。高島昌二は,スウェーデンにおける家族のあり方とその変容という観点から,諸制度の意義や影響を分析する。さらには,福祉国家の比較研究や類型論をふまえて,完全雇用へのコミットメントの強さ,普遍主義的な社会サービスのあり方,労資の中央交渉による政策決定のあり方(いわゆる「コーポラティズム」)などによってスウェーデンの社会保障の特質を理解しようとした)。
宮本太郎は,「普遍主義」の意味についての考察を深めつつ,コーポラティズムや,経済政策と社会政策の関係に着目して「スウェーデンモデル」を把握する。そして,労働組合や社会民主党の戦略的行動がそのようなモデルを作りあげる上で大きな役割を果たしたことを論証した。こうした動きは,福祉国家の比較研究と連動しながら,スウェーデンの社会保障システムの特色を,それを支える社会的・経済的・政治的条件との関係で理解する道を拓いた。

⑥ 最近の動向について
スウェーデンにおいても,高度成長期に拡大した社会保障システムの効率化をはかるべきだという議論は1980年代からあった。1990年に銀行の債務超過に端を発した金融危機が起こり,それをきっかけに深刻な経済不況が訪れると,いくつかの制度の見直しや社会保険の給付額削減が現実のものとなっていった。このような中で,近年,同国の社会保障制度も一定の変容を迫られつつある。
最近の研究は,そうした点についても言及している。国立社会保障・人口問題研究所は,その前身である社会保障研究所が出した前掲書を刷新する形で新たな共同研究の成果を発表した。そこでは,各分野の最新状況が紹介されているだけでなく,第四部として,90年代の改革を扱った部分が追加されており,「福祉ミックス」化の動きや年金制度改革の意味,ヨーロッパ統合の影響などが論じられている。また,これらの点については,竹h,高島の近著の中でも,それぞれに紹介・検討されている。
丸尾直美と的場康子は,財政面での制約と高齢化のさらなる進展によって,スウェーデンでも他国と同様に社会保障の市場化の動きが見られ,いくつかの分野では,政府以外の民間部門やインフォーマル部門の役割が増しつつあることを指摘する。丸尾らはまた,所得保障政策の柱ともいうべき年金制度の改革(1998年決定,2000年より実施)についても,その狙いが高齢化と経済変動に耐えられるようにすることにあると指摘する。この改革によって,いわゆる「2階建て年金」の基礎年金部分が「最低保障年金」として実質的に強化される一方で,所得比例の付加年金部分は,確定給付制から確定拠出制に改められ,同時に従来の賃金スライド制が,賃金上昇率は経済の実質成長率を上回らない限りでのみ反映されるという「経済調整スライド制」に変更された。
他に近年のスウェーデンをとりまく状況として,ヨーロッパ統合の加速とともに,一国レベルで高度な社会保障を維持することが難しくなっている点が挙げられる。これについては今後の動きが注目されるところであるが,益村眞知子は,スウェーデン国内の議論と社会保障をめぐるヨーロッパレベルでの取り組みの現状について整理した後,すでに域内で医療協力や社会保険に関する相互調整が始まっていることに触れ,今後ますますEUの影響が大きくなるとの見通しを示している。

2 スウェーデン社会保障の視点
スウェーデンの社会保障に関する研究は,この分野の先進国に学ぼうという関心に基づいて展開されてきたが,その際,特にどのような点が多くの研究者を惹きつけたのだろうか。ここでは,三つのテーマをとりあげ,それぞれに研究動向を整理してみたい。
①ノーマライゼーション
スウェーデンの高齢者福祉や障害者福祉に関する研究の多くは,「ノーマライゼーション」の理念に触れ,諸制度がこの理念に基づいて設計・運用されていることに着目している。スウェーデンにおけるノーマライゼーションの概念は,ベンクト・ニィリエ(Bengt Nirje)が知的障害者の福祉に携わりながら練り上げたもので,それは後に他の欧米諸国にも影響を与えたといわれている。河東田博らは,60年代にニィリエによって書かれた「原典」ともいうべき著作の改訂版を翻訳し,その基本的な考え方をわが国に紹介した。
ノーマライゼーションとは,特別扱いされがちな障害者が可能な限り普通の環境で生活できるようにすることであるが,当初より,当事者の「自己決定の権利」を認めることがその構成要素とされていた点も注目される。ニィリエは,障害を持つ人々に人間としての尊厳を保障し,彼らの選択や希望に可能な限り配慮しなければならない,としている。これは,その解題において河東田が指摘するように,障害者だけでなく,高齢者,女性など社会的弱者とみなされている人々の処遇を改善しようとする際に,基本理念として広く適用されるべきものである。
この原理はその後,社会福祉関連の法律にとり入れられ,スウェーデン社会に定着していった。中でも,かつての「生活保護法」や「児童保護法」などをまとめるとともに,高齢者や障害者に対するサービスの基本目標や責任の所在を定めた「社会サービス法」(1980年成立,82年施行)は,スウェーデン社会福祉の基礎となっている。そこでは,第1条で「サービス活動は,人間の自己決定および尊厳性の尊重を基礎とする」と宣言された上で,ノーマライゼーションの原理や,受け手の側の「自己決定」「自立」を尊重すべきことが明記されている(特に,第6条,第19条,第21条)。
馬場寛と加藤彰彦は,この「社会サービス法」を翻訳し,逐条解説を付してわが国に紹介した(馬場/馬場/加藤1997)。
また,特に障害者福祉については,社会サービス法を補足する形で「LSS法(機能障害者を対象とする援助およびサービスに関する法律)」(1994年施行)が定められた。この法律の内容と主旨については,馬場夫妻と加藤による前掲書の他,二文字理明が「障害者政策に関する1989年委員会」の最終報告書『すべての人が参加できる社会』(1992年)と合わせて訳出している。同報告書は,障害者の社会参加を支援するためには交通設備,情報へのアクセス,住環境のデザイン,雇用や企業生活など広範な分野で配慮が必要であることを示すとともに,それらの実現を保障し,障害者の権利を守るために「ハンディキャップ・オンブズマン」を置くよう提案していた。これをふまえて成立したLSS法は,「生活条件の平等化と社会参加の奨励」および「障害者個人が可能な限り一般の人々と同じ生活をすること」を目標とし(同法5条),そのために必要な援助を得る権利を明示し(同7条),さらには自治体が責任を持って「パーソナルアシスタント(専属介護者)」を付けることを定めている(なお,ハンディキャップ・オンブズマンは1994年に導入された)。
こうした法の整備状況の他に,制度の実態や社会的意義について触れたものも多い。訓覇法子は,1992年の高齢者医療福祉改革(いわゆる「エーデル改革」)や1997年の社会サービス法改正を「ノーマライゼーションの積極化」として捉える。そして,「住み慣れた自宅における生活の保障」を原則とし,在宅サービスを中心に,ホームヘルプサービス,デイケアサービス,住宅の改造・補助器具サービスなどが組み合わせられ,可能な限り本人のライフスタイルが維持されるようになったことを紹介している(訓覇1998:60-95)。外山義も,さまざまな形態のサービスと施設ケアとを組み合わせ,高齢者の自立を支えるシステムを目指す試みに注目し,その実態に関する調査・研究報告をまとめている。
また,1990年代になると「施設」という発想自体が問い直され,10人未満の高齢者や障害者がそれぞれ共同で生活する「グループホーム」や医療ニーズの高い高齢者のための「ナーシング・ホーム」などの「特別な住宅」とする形で,名称・実態ともに改められた(訓覇1998:73-81)。それらはいずれも,調度品の持ち込みを含めて入居者のライフスタイルを尊重する点で,収容される「施設」ではなく,生活のための「住居」なのである。河東田は,施設改革を扱った文書を編訳し,障害者に対する施設ケアが解体されていった背景に,障害者自身に「自分らしく生きること」への切実な要求があったことを紹介している(ラーション他2000)。また,ストックホルムの自立生活共同組合の実践を紹介し,障害者自身が積極的に自らの可能性を示した点も強調している。
訓覇によれば,従前の生活が最大限尊重されるという原則や,ケアの内容を受け手本人が決めるという考え方は,痴呆症の高齢者や末期医療の患者についても適用される方向にある(訓覇1997:31-32)。スウェーデンでは,ノーマライゼーションは(日本でのように)スローガンとして声高に叫ばれることがないほど当然のものになっている。この点について木下康仁も,スウェーデンではノーマライゼーションの思想と結びついた人間観が社会サービスの制度から実際のケアのレベルまで貫徹している,との印象を記しつつ,「ノーマライゼーションとは基本的にこの種の言葉を使わずに語られるものでなくてはならない」と述べている

② 男女平等
スウェーデンの社会保障が注目される理由の一つに,それが女性の地位向上に寄与してきた点が挙げられる。わが国ではスウェーデンの例をもとに,所得保障,家族・育児支援制度,労働市場・雇用政策など,さまざまな角度から,女性にとって暮らしやすい社会のあり方が議論されている。
スウェーデンでは,1960年代から70年代にかけて女性の社会進出が急激に進んだ。その結果,80年代以降,30~40歳代も含めて女性の就労率は高くなっており,わが国のように出産・育児を機に退職する傾向も見られない。ヤンソン由美子は,女性が仕事と家庭を両立させられる環境があることの重要性を指摘し,それを支える制度が整っている点を強調する。中でもその象徴とみなされるのは,いわゆる「両親保険制度」である。それは,社会保険の一環としての賃金保障をともなう育児休暇が,1974年から父親にも適用されるようになったものである(制度の内容およびその変遷については,宇野1987,都村1999を参照のこと)。これに加え,保育制度の充実やフレックス勤務制の導入も重要な役割を果たしたとされる。三瓶恵子は,1950年代から低下を続けてきた出生率が80年代を通じて上昇し続けた点に着目し,さまざまな施策によって職業と育児の両立が可能になったと指摘する。
塚口レングラント淑子は,働く女性やその家庭について多くの事例を報告した後,女性の経済的自立の必要性を説きつつ,女性が自らのライフサイクルに合わせて休職・転職できることの重要性を指摘している。スウェーデンでは,ある程度働いた後で新たな資格や技能を身につけるために休職することを認める制度や,そのための教育プログラム(自治体の運営する「成人学校」や職業訓練プログラム)および奨学金制度が整備され,中途採用の受け入れ体制も整っている。
また,女性の社会進出と経済的自立を可能にした要因として多くの論者が挙げるのは,1971年に世帯単位課税から個人課税へ改められたことである。これは,男性の稼ぎ手を中心とし,それを女性が主婦として支えることを前提に諸制度が設計される「稼得者(breadwinner)モデル」(わが国はその典型)からの脱却を意味している。さらに,「男女雇用平等法」をいち早く導入したことや(1971年施行,1992年改正),「男女平等オンブズマン」によってその実効性を担保する仕組みがあることなども注目されてきた。
その他に,公的な社会保障の拡充が,雇用機会をもたらすことによって女性の社会進出を可能にした点もしばしば指摘される。すなわち,介護,保育などの人的サービスの担い手には圧倒的に女性が多く,そのような職場の増大が労働市場への参入を容易にしたのである。ただしこの点については,福祉関係を含め,賃金水準が比較的低い特定の職種に女性が集中しているという問題点もある。
ここでヤンソン,塚口,岡沢らに共通しているのは,スウェーデンの社会保障と男女平等の関係を論じる際に,女性の解放,地位向上という側面だけでなく,男性の側が変わることを含め,男女の役割意識やライフスタイルが変わることを重視する点である。そのような変化はさらなる制度の改革を促すことになり,スウェーデンにおいては,男女の社会的関係をめぐる意識変革と制度改革とが相乗効果を生みながら進んでいるといえよう。

④ 地方分権
スウェーデンの社会保障については,自治体の果たす役割が大きいことが注目されてきた。とりわけ近年,地方分権がわが国を含めた先進諸国における主要な政治課題の一つとなる中で,この点から同国の特色が論じられることも増えている。
スウェーデンでは,1960年代から70年代にかけて公共支出の急激な増大が見られたが,このときの伸びの主要な部分は中央政府によるものではなく,自治体によるものであった。この点を指して山井和則は,しばしば「大きな政府」の典型とみなされるスウェーデンが,正確には,「小さな中央政府と大きな自治体」であることに注意を促している。
スウェーデンの中央-地方関係は,基本的に,中央政府-広域自治体(ランスティング・コミューン,県に相当)-基礎自治体(コミューン,市町村に相当)という三層構造になっている。社会保障をめぐる役割分担としては,国が社会保険や高等教育の運営を,広域自治体がもっぱら医療を担当しており,他の多くの領域,すなわち,高齢者・障害者福祉,保育,義務教育,アルコール依存症に対するケアなどは基礎自治体によって担われている。
このようなスウェーデンの場合,先に触れた「社会サービス法」においても,基礎自治体について,「区域内の社会サービスに全責任を負う」(第2条),「区域内に居住,もしくは滞在する人に必要な扶助と援助について最終的な責任を負う」(第3条)ということが明記されている(9)。この点は,最近までのわが国で,福祉サービスの多くについて,国の事務を自治体に委任する形がとられていたのとは対照的である。
斉藤弥生と山井和則が指摘するところによれば,1960年代の高齢者福祉論議の際に,それを基礎自治体の管轄とし,地域のニーズに合った対応策をとるのが効果的であるとされたことが分権化の流れを決定づけた。斉藤らは,高齢者福祉の実態視察と政策担当者への聞き取り調査をふまえ,福祉サービスは地域住民に一番近い自治体によって担われるべきだという考え方を強調し,高齢化社会を迎えつつあるわが国が分権化を進めることの重要性を説く(同書,特に第11章)。
スウェーデンは1980年代以降も地方分権を積極的に推し進めてきたが,中でも多くの論者の関心を集めているのは,「フリーコミューン」の運動である。岡沢憲芙は,スウェーデンの中央-地方関係についてその歴史を含めて解説した上で,この運動の経緯を紹介している。それによるとフリーコミューンとは,地方自治の強化と膨張した公的福祉の効率改善とを狙って,自ら希望する自治体に対し国の規制をはずして自由に実験をさせ,その成果を将来の中央-地方関係の再編につなげていこうとするものであった。
フリーコミューンの実態については,福本歌子が詳しく紹介・検討している。それによると,このプロジェクトは1984年の法律に基づいて進められ,9つの基礎自治体と3つの広域自治体が,土地計画,住宅・地域開発,学校教育,労働市場,保健・医療,行政組織の改編などの分野で,合わせて284の実験を行なった。そこでは,広域自治体の管轄とされていた医療部門の一部を基礎自治体が担うようにしたり,肥大化した福祉サービス部門を分割し,訪問介護のための委員会や麻薬・アルコール中毒者ケアのための委員会を独立させ,きめ細かい対応を目指す試みなどが見られた。
実験は91年までに一応終了し,その成果はおおむね肯定的に評価されたという。その教訓は同年の地方自治法改正の際に,従来は画一的に規制されていた行政委員会組織のあり方を大幅に自由化する形で反映され,それによって自治体ごとに独自のサービスを展開する余地が広がることとなった。
この他,既述の「エーデル改革」についても,それが地方分権の側面を持つことが指摘される。
すなわち,この改革によって,医療ニーズをともなう高齢者や障害者に対するケアが広域自治体から基礎自治体へと移され,それにともない多くの医療スタッフや地方所得税の相当部分も基礎自治体へ移されることとなったのである。
また,藤岡純一は,90年代の税制改革と補助金改革によって,財政構造面での分権化がいっそう進んだことを指摘する。1991年の税制改革で国の所得税が大幅に減税され,所得税に関しては,その大半を地方税が占めるようになった(11)。加えて1993年には,国から自治体に使い道を定めて交付される特定補助金を廃止し,使い道を定めない一般補助金へと再編する改革が実施されているのように,スウェーデンの場合,他国ではしばしば難問とされる財政構造の分権化についても,その実績を重ねてきている。

3 スウェーデン社会保障の2000年までの考え方
80年代に先進諸国で台頭した「新保守主義」は,財政再建と「小さな政府」を掲げ,福祉国家の諸制度における非効率を批判した。従来の福祉国家体制については,間もなく新保守主義だけでなく,各方面から厳しい批判が浴びせられるようになる。
環境保護運動やそこから生まれた「緑の党」は,エコロジー思想に基づき,福祉国家がその発展の前提としていた産業主義や成長至上主義の論理を批判した。それらはまた,官僚制の肥大化やテクノクラシー支配をも問題にし,社会生活全般の民主化を求めた。フェミニズムの運動は,福祉国家におけるいくつかの制度が,女性が自らの生き方を選択する可能性を制限していることを明らかにした。そこからさらに,女性や障害者,民族的マイノリティー,パートタイム就労者など,社会的・経済的弱者の多くが「保護」の対象とされながら,実は自立の機会を奪われていることも認識されるようになった。
こうした中で,近年では,政治的立場の違いにかかわらず,福祉国家がある種の限界に達したとの認識が広まっている。もちろん,それによってこれまでの制度の意義が一律に否定されるわけではないが,福祉国家の発展を支えた経済条件や国民の価値観,政治的意思決定の仕組みがこれまでと同様に存在し続けることは困難になっている。その点で現在は「ポスト福祉国家」の時代であるともいえよう。
ここで上記のような批判をふまえれば,「ポスト福祉国家」の時代における社会保障の中心的な課題は,かつてその声が政策に反映されることのなかった組織されない人々,あるいは社会的・経済的弱者に対し,自己決定と自立の条件をいかに保障していくかということである。

しかし,スウェーデンについては,福祉国家体制への一般的な批判が直接には当てはまらない面も多い。高齢者・障害者福祉においては,ノーマライゼーションの理念に基づき,可能な限り普通の環境で暮らしていけるように支援を行なうシステムが模索されてきた。女性をとりまく環境についても,税制や男女雇用平等法によって経済的自立を促進しながら,他方で育児支援策を充実させ,女性が自らの生き方を主体的に決められるような社会の構築が目指されてきた。また,地方分権の努力は,社会的サービスは身近なレベルで行なわれるべきであるという論理に基づき,地域の実情に応じたきめ細かな施策の可能性を広げてきた。
翻ってわが国では,他に類を見ないほどの高度経済成長を経験したにもかかわらず,その間,ヨーロッパ諸国に比べると,年金・健康保険という基幹部門以外では社会保障の整備がそれほど進まなかった。それでも1970年代に入って高度成長の歪みが意識されるようになると「福祉元年」が唱えられたが,間もなく石油ショックとそれに続く不況に見舞われ,目立った動きもないままに新保守主義的な路線へと移行していった。その後も現在まで,経済規模に比した社会的支出はアメリカと並んで小さく,社会保障の不備を「福利厚生」としての企業福祉と,「家」制度的意識に基づく家庭内での対応によって補ってきたのが実情である。
その一方で近年では,終身雇用制の動揺や少子化・核家族化の進行によって,企業も家庭も従来のような役割を果たせなくなりつつあり,公的な社会保障の重要性はますます高まっている。わが国の現状は,「福祉国家」そのものが未成熟なまま,同時に,福祉の「質」が求められる「ポスト福祉国家」的課題までが視野に入ってきた状態にある。急激な少子・高齢化を前に,高齢者介護や育児支援のための体制作りが急がれ,年金や健康保険制度の改革も不可避となっている。
このように見ると,スウェーデンでは,わが国をはじめとする他の多くの国で比較的最近になって認識されるようになった課題が,福祉国家の形成期から意識され,以後一貫して取り組みが続けられてきたことがわかる。前節で取りあげたテーマはいずれもそうした今日的課題と密接に関連しており,スウェーデンの経験と対比させながら,わが国の社会保障のあり方を問い直すことには,今なお大きな意味があるといえよう。

4.今後の展望
武田龍夫はその近著の中で,スウェーデンの社会保障に注目してきた日本の研究者たちが,同国の事例を過度に理想化しすぎていると指摘する。そして,強烈な個人主義と合理主義とによって特徴づけられるスウェーデン人の気質と日本人のそれとを対比させつつ,スウェーデンの制度の中には日本人が真似ることのできないものや,学ぶべきではないものも多いと説く(武田2001)。
こうした指摘は一面で真実をとらえているといえよう。しかしながら,研究者が自らの理想により近いと思う事例に「思い入れ」を込めてアプローチすることは,ある意味で自然なことでもある。
スウェーデンの事例は,前節で述べたような意味において普遍的な意義を持っており,さまざまな限定が必要であるにせよ,その経験から学ぶべきことは多い。
もっとも,最近では同国の社会保障の課題や限界を冷静に見極めようとする研究も確実に増えているように見える。たとえば,丸尾直美は経済・財政条件の悪化を十分に意識しながら制度変容を考察しているし,宮本太郎はスウェーデンにおける福祉国家の歩みが順調なものではなく,波瀾に満ちた過程であったことを強く意識しながら論考を進めている。また,西下彰俊は,既述のエーデル改革をめぐって,医療と福祉の統合によって高齢者介護が質的に向上したことを評価しつつも,「社会的入院」の減少という従来いわれてきた政策的効果に関して,改革後5年間についてはそれが確認できるものの,1996年以降,再度その数が増えている点を自らの調査データで示し,慎重に評価すべきだと指摘する(西下2002)。
こうして見ると,全体的な傾向としては,時代状況の変化とこの分野の研究自体の蓄積とによって,実態理解とメリットの紹介に力点を置くものから,学ぶべき点(あるいは学ぶことができる点)と学ぶべきではない点(あるいは学ぶことができない点)とを腑分けし,問題点や限界をも十分に意識しながら分析を進めるものへと移行しつつあるように思われる。また,いくつかのテーマについては,日本の研究者の間でも評価や見解が分かれ,議論が活発化するかもしれない。近年,スウェーデンのシステムも現実に変容を迫られつつあるが,同国が財政的制約,高齢化のさらなる進行,ヨーロッパ統合といった困難な状況にいかにして対処していくかという点を含め,今後もその動向は,わが国の社会保障研究者の関心を集めていくであろう。』

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プロフィール

ゆきまつ

Author:ゆきまつ
幸松(ゆきまつ) 
   孝太郎(こうたろう) 
65歳
住所:名張市百合が丘西2ー86
職業:名張市議会議員(無所属)
家族:妻、二男一女の5人家族
座右の銘:
”Mastery for Service
(奉仕のための練達)”
「”社会の中で輝いた生き方”をするために!」

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