ゆきまつ孝太郎活動報告〔無所属〕

名張市議会議員【2期目】 教育民生委員長

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2012-02-22 [ Wed ]
テーマ:食育

 昨日紹介した佐藤剛氏の本「すごい 弁当力」(五月書房)の話に、香川県滝宮小学校の竹下校長の弁当の日があったので、紹介しよう。

1.竹下和男(たけした・かずお)プロフィール
 1949年生まれ。香川大学卒。小・中学校教員、教育行政職を経て、2000年に滝宮小学校校長に就任。03年には、“弁当の日”の実践で「地域に根ざした食育コンクール」農林水産大臣賞を受賞。現在は綾上中学校校長。著書に『“弁当の日”がやってきた』『台所に立つ子どもたち』(いずれも自然食通信社)など。

2.弁当の日の経緯 
 01年2月16日、私は香川県綾南町(現・綾川町)学校給食理事会に滝宮小学校の校長として出席。町長、議長、教育長、町内小・中学校校長、PTA会長、栄養士たちと、今年度と次年度の町内学校給食に関する協議をしていた。月額の給食費などを決める議案第1、2号は原案どおり円滑に通過したが、第3号の「新規の食材納入業者認定」になると、統一献立方式による食材調達の窮屈さなど、にわかに学校給食の課題が浮き上がってきた。長引く会合のなかで、私に芽生えたある想おもい。それは学校給食のよさを滝宮小学校の子どもたちに気づかせたい、ということだ。その具体策が“弁当の日”だった。
 発想の源泉は単純だ。「弁当を子どもだけに作らせよう。そうすれば、給食ができあがるまでの大人たちの努力がわかるようになるだろう」

◎“弁当の日”の3つのきまり
 きまりの1つ目は「子どもだけで作る」だ。このきまりのねらいは、子どもの自立にある。私の小月刊 JA 32 0 0 9 / 0 5学校教諭の経験は9年間で、すべて5、6年生の担任だったが、子どもに宿題を出して「保護者も見てあげてください」とお願いをしたことはない。弁当づくりは子どもだけに任せられない内容が多いが、はっきりと「親はぜったいに手伝わないで!」と訴えた。この時期の子どもや親に、親離れ、子離れの場面を学校側からの提案でつくることができるチャンスだと考えた。

 2つ目の「小学校5・6年生のみ」は事故防止策だ。学校側の提案で子どもだけに弁当を作らせる以上、指導に関する全面的な責任は学校側が負う。味覚が9歳までに形成されるということからすれば、もっと早くに始めたい気持ちもあったが、発達段階からみて、事故のない調理は小学校低学年の子どもには難しい。だから「家庭科の授業が始まる5年生からのスタート」にした。1つ目の「子どもだけで作る」を、「保護者への反対防止策」ととらえる人もいるが、それをいうなら「コンロの使い方、基本の調理技術は学校で習いますから、ご家庭で弁当づくりを教える必要はありません」と言いきったこの2つ目のきまりのほうである。

 3つ目は「10月から月1回で年5回」繰り返すことだった。“弁当の日”が1年で1回なら、子どもだけで弁当を作るケースは少なくなるだろう。ついつい、子どもは親に頼り、親は子どもの弁当づくりを手伝ってしまうから。しかし、繰り返されることがわかっていれば、親は少しずつ子どもに任せ、子どもも「次は自分の手で……」と思いながら“弁当の日”に取り組むのではないかと思ったのだ。そして、そのとおりになった。私はこのことを、「一人前になりたいという子どもの本能」、言い換えると「子どもの生きる力が目覚めた」と、表現している。
“弁当の日”がやってきた
 『“弁当の日”がやってきた』……。自然食通信社から出版した実践記録の本のタイトルは、じつは私のひと声を受けた家庭科教員のつぶやきである。これは、歓喜よりも戸惑い、期待よりも不安が多く、校長からのトップダウンでいやいや始まったというニュアンスなのだ。

 私は、子どもだけに作らせる“弁当の日”は、事前の検討を綿密にするほど実施に踏みきれなくなると考えていたから、「鶴のひと声」で始めた。事前に2人のPTA役員に打診したが、予想どおり「無理です」と言われた。理由は、わが子の実態から「包丁を持たせていない」「ガスコンロにさわるなと言って育ててきた」「早起きができない」の3つ。親にしても、不意打ちの「“弁当の日”がやってきた」だった。
 職員も保護者も反対するであろう“弁当の日”のスタートには、2つの背景があった。ひとつは年々、教師の保護者対応が窮屈になっている実態である。私が教員になったころは教師や学校を信じて任せてくれる保護者が多かった。現代は、些さ細さいなことも含めてたいへん厳しい責任追及がある。学校側に責任があるときは非を認め、改めるのは当然のことだが、今は理不尽な要求が増え、教師がいたずらに疲労することが多くなった。教師と保護者が信頼関係を築けないのだ。

 その点、弁当づくりは子どもの家庭の台所で行われる。あえて学校教育の「守備範囲外」のところで「学校が責任をもって教える。親は手伝わないで」と訴え、子どもの成長を実現すれば、大きな信頼回復になる。それは保護者と教師が連携している姿を子どもに見せることにもなる。つまり、「学校が悪い」「家庭が悪い」という声を、子どもが育つ環境から消去しようとしたのだった。

 もうひとつは、子どもは必ず弁当づくりに意欲を示すという確信だ。保護者や教師は「教育的配慮」などを挙げて反対するかもしれないが、「子どもは乗ってくる」という自信があった。だから、3つのきまりが整った時点で、“弁当の日”の成功を信じて疑わなかった。私は「子どもをいかに育てるか」ではなく、「子どもはこのように育つ」ことを訴えようとしたのであった。


3.教育同人社フリーマガジンwutanより抜粋した雑誌社の話

子どもが作って学校へ持って来て給食の代わりに食べる「弁当の日」は2001年に香川県の滝の宮小学校で始まりました。
発案者は当時滝の宮小学校の校長をされていた竹下和男先生です。

実施前に竹下先生はPTA総会で「本校では弁当の日を実施します。親は決して手伝わないでください。献立から買い出し、調理、片づけまで全部子どもにさせてください」と言いました。
当然、保護者からの心配の声があがったそうです。
「早起きができるはずがない」
「ガスも点けさせたことがない」
「包丁も触らせたことがない」等々
教師たちからも「経済的に厳しい家庭がある」などできない理由があがりました。
それに対して竹下先生は「子どもたちをそのままの状態にしておく方がかわいそうだ。親が食事を作らないなら、自分でできる技術を身に付けさせる。それが子どもの一生の財産になるし、助かるのは親の方でしょう」と言いました。

実施前の1学期に家庭科で調理の基本を教える実習を行って半年後に行う本番に備え、経済的に苦しい家庭には担任の判断で買い出しに付き合ったり、食材を差し入れて弁当の日が始まりました。
本当に自分で作ったか調べようとした先生もおられたようですが、その必要はありませんと竹下先生は言いました。最初は親に作ってもらった子どもも友達に刺激されていつかは自分で作るようになると。
竹下先生は言います。弁当の日をすることによって親子の会話が増えると、そして家族の絆が深まります。

子どもは親から愛されていると感じながら育つと素敵な大人になるのではと思います。
生活力のあるたくましい人に育って欲しいものです。

弁当の日は始ってから10年で全国に広がり、2010年7月23日現在600校を超える実践校があります。
実践校掲載ホームページ http://aaa.news.coocan.jp/takesita/zisenko.html

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プロフィール

ゆきまつ

Author:ゆきまつ
幸松(ゆきまつ) 
   孝太郎(こうたろう) 
65歳
住所:名張市百合が丘西2ー86
職業:名張市議会議員(無所属)
家族:妻、二男一女の5人家族
座右の銘:
”Mastery for Service
(奉仕のための練達)”
「”社会の中で輝いた生き方”をするために!」

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