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 ゆきまつ孝太郎活動報告〔無所属〕

名張市議会議員【2期目】 教育民生委員長

2011-07-20 [ Wed ]
テーマ:スポーツ

 ●PK戦で米降ろす
 序盤から米国の強烈なシュートで、少しハラハラしたが、ともかく上背も横幅もデッカイ米国選手に何度も吹っ飛ばされながら、2度のビハインドにも意気消沈することなく髪を振り乱してはね返し、PK戦に入っても、スタミナも気力も最後まで切れなかったなでしこジャパンがW杯を制覇した。

 顔面蒼白の米国選手と比べて自然体のなでしこたちが涼しい顔でゴールを決めれば、GK海堀あゆみ選手が3連続でゴールマウスを死守し、そして主将の澤穂希が、W杯トロフィーを高々と掲げ「18年間 長かった」と・・・・。

 世界ランク4位の日本代表は、過去5大会のW杯で1995年のベスト8が最高だった。それが準々決勝でホスト国のドイツを破り、完全に上昇機運に乗った。
 準決勝では強敵スウェーデンに完勝。過去24戦して0勝の米国には直前まで「快進撃もここまで。99%の確率で負ける」といわれながら、なでしこジャパンの初世界制覇に一夜明けても日本中が大興奮である。

 決勝戦を中継した米国テレビのアナウンサーが、「まさに日本のシンデレラストーリー」と話したが、なでしこの選手たちは、19日朝に成田空港に着いた途端、女子サッカーを取り巻く状況の激変にビックリしたことだろう。澤選手もこの出迎えで「優勝の実感が湧いてきた」と話していた。

●女子サッカーの苦難の歴史をはねのけ
 ドイツ女子W杯が開幕する前、日本代表で知名度があったのは大黒柱・澤選手くらいなもの。ドイツ戦で決勝ゴールを決めた丸山桂里奈選手、スウェーデン戦2ゴールの川澄奈穂美選手、米国戦1ゴール1アシストの宮間あや選手の名前を一体、何人の日本人が知っていただろうか? 当然のことながら、1981年に香港で開催された第4回アジア女子選手権出場のために女子日本代表が初めて結成されて以来、W杯を初制覇するまでの30年間、ひたすら「赤貧生活」「注目度ゼロ」に喘いできたことを知る人は皆無だろう。

 86年に初代女子専任代表監督に就任した鈴木良平氏(ドイツサッカー協会公認S級コーチ)が、「当時の日本サッカー協会の女子サッカー年間予算は、ちょうど50万円でした」とこう続ける。

⇒「それも女子代表の強化のためではなく、年に一回の全日本女子サッカー選手権の開催運営費の名目でした。国内合宿を行うにしても、海外に遠征するにしても、何よりも現金が必要でした。そこで三菱重工サッカー部OBで女子サッカー連盟の理事長だった森健兒、吉田泰知の両氏の口添えで三菱自動車社長に面会。“女子代表のパンフレットを作ります。つきましては法外な広告料を出していただけませんか”――と直談判しました。相場5万円ほどのところを300万円出していただき、それを合宿や海外遠征の費用に充てました。あと海外遠征の場合は、滞在費を支給してくれる大会を選んで参加しました。しかし、それでもお金が足りないので渡航費など遠征費の半分を選手全員が自己負担したことがありました」

 海外遠征先の宿舎がゴキブリだらけだったり、シャワーは水しか出なかったり、現地の食事が口に合わなかったこともある。だからといって、まともなホテルに泊まる金もない。
「東南アジアに遠征した時には、現地日本人会を通して日本企業の駐在家族の協力をいただき、選手数人ずつを自宅に招いてもらって食事や風呂のお世話になったこともあります」

●強気が扉を開く~勇気が被災地へ~
 93年のJリーグ発足や男子日本代表W杯初出場(98年)などでサッカー協会の金回りもよくなり、待遇も改善されていったが、男子のように海外に専用機で移動したり、専属コックが帯同したり、豪華ホテルの1人部屋が与えられることもない。W杯に優勝しても男子の特別ボーナス3500万円に対して、女子は150万円ポッキリ。協賛企業のキリングループが「代表選手21人に1人当たり100万円」の支給を決めたが、これまでの女子代表が経験してきた苦労を思えば「他企業も奮発してやって」と言いたくもなる。
 元なでしこジャパン主将でサッカー協会の野田朱美理事(日テレ・ベレーザ監督)が、「選手たちは本当に頑張りました。彼女たちは女子サッカー界全体のためにプレーしている。自分のためだけ、と思っている選手はひとりもいない。それがなでしこの本当の強さです」と前置きして言う。

「ほんのひと昔前まで合宿でホテル暮らしなんてとんでもなく、合宿所で雑魚寝が当たり前でした。千葉・検見川で合宿することが多かったのですが、そこで肉料理が出されるたびに“またケミ肉が出たよ”と選手で話していました。硬くて硬くて噛み切れないことも多かったです(笑い)。女子代表は一気に強くなったのではありません。ずっと積み上げてきたものが、今大会につながったと思います」
 なでしこ狂騒曲が日本中で吹き荒れているが、W杯優勝には女子サッカー30年の歴史が詰まっているのである。

●いつも笑顔で、じゃじゃ馬を掴んだ
 なでしこジャパンをW杯優勝に導いた佐々木則夫監督。選手としては日本代表の経験はゼロ。06年に当時の女子代表監督にコーチとして誘われるまで24年間、NTTでサラリーマン生活を送っていた。そんな普通のオジサンが、どうやって“じゃじゃ馬”ぞろいのメンバーの心をつかんだのか。監督が今年1月に著した「なでしこ力」(講談社)を読むと、女性掌握術のキモがちりばめられている。経営コンサルタントの鈴木丈織氏(心理学博士)に解説してもらった。

 ⇒「身だしなみのポイントは、鼻毛!」
 監督が女性を指導する上で最も意識するのは身だしなみだ。きっかけは、妻のこんな忠告だった。
「すごく仕事ができる上司がいたんだけど、いつも鼻毛が出てたの。女性社員からの信頼と尊敬は、それだけで減っちゃったんだよ」
 以来、外出前には必ず鏡の前で鼻毛、寝グセ、シャツの染みやシワをチェック。あのヘアスタイルも、行きつけの美容師と「いまどきの女性にウケる髪形」を研究してたどりついた結果だという。
「女性は男性以上に“肌の感覚″を重視します。どんなに論理的で高度な戦術を構築しても、見た目が生理的に受けつけなければ、女性には伝わりません」

●耐えて信じてつながった
 米国とのPK戦直前、円陣を組んだメンバーの笑顔が印象的だった。佐々木監督は著書に、こう書いている。
「平常心を失いがちな場面こそ、笑うことで頭をクールダウンできる」「課題を冷静に見つめ直し、本当にやるべきことを見失わずにすむのだ」
 選手が肝心な時に笑顔を見せるには、いわゆる鬼監督ではダメだ。だから、佐々木監督は「横から目線」を心がけている。練習中もオヤジギャグを連発し、「ノリさん」と呼ばれ、イジられ役に徹するそうだ。
「成熟した女性に『俺についてこい!』と上から目線で指導しても、反発されて本来のパフォーマンスは発揮できません。今の女性は笑いの文化に慣れており、オヤジギャグもコミュニケーションに効果的。笑うことで脳内ホルモンが分泌され、集中力が高まることも科学的に立証されています」

●成功の要因は、ホストに徹する
 著書には、MVP・得点王の澤選手も一文を寄せ、遠征先で飛行機が遅延した際のエピソードを披露。監督は空港に閉じ込められた選手のため、職員に掛け合って、人数分の毛布を運んできたという。この気遣いに、澤選手は「ノリさんを頼もしいとみんなが感じた」と明かしている。

「佐々木監督は女性を喜ばせる職業、つまり『ホスト』に徹していますね。それが成功の要因です。女性の扱い方が難しいと頭を悩ませている管理職の方は佐々木流を多いに参考にすべきです」
(日刊ゲンダイ2011年7月19日の一部を掲載)

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プロフィール

ゆきまつ

Author:ゆきまつ
幸松(ゆきまつ) 
   孝太郎(こうたろう) 
65歳
住所:名張市百合が丘西2ー86
職業:名張市議会議員(無所属)
家族:妻、二男一女の5人家族
座右の銘:
”Mastery for Service
(奉仕のための練達)”
「”社会の中で輝いた生き方”をするために!」

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