ゆきまつ孝太郎活動報告〔無所属〕

名張市議会議員【2期目】 教育民生委員長

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2013-02-02 [ Sat ]
テーマ:アメリカのNinja

今日はアメリカの「忍者」についてすでに報道されているものを紹介したい。

(1)アメリカのNinjaについて
1.忍者について
この言葉は日本特有の文化からうみだされたモノである。

「忍者」とは、簡単に言ってしまえば、情報収集と暗殺能力を兼ね備え、特殊な訓練を施された、常人とはかけ離れた人々、そういう存在のことである。

普通の日本人が知っているのは、戦国時代から江戸時代の、彼らの活躍とされるいくつかの逸話や、そこに現われる服部半蔵(1)といった有名人のみだろう。

しかし、彼らの起源は、説によってはかなり古くまで遡ることができ、またその説も多様なので断定はできないが、歴史は古いようだ。

その「忍者」という存在が日本という国をでて、アメリカにその存在を知られたとき、ブームがおきた。

初めて忍者が主役として、あるいは、メインキャストとしてアメリカでお目見得したのは、エリック・ヴァン・ラストベ-ダ-による小説「ザ・ニンジャ」(1980)による。

それが22週にわたってのベストセラーになり、そこで、忍者ブームがおきたと言っても過言ではない。

ブームとなった理由にはいくつかあげられるが、忍者の、その理解不能の存在そのものに強く惹かれるものがあった、ということが最大の理由だと考える。

しかし、アメリカ人にとっては、「忍者」以前に、「東洋」という言葉からして、昔から特別な感情を抱かせるものだったようだ。

海を隔てたはるかの地に住む人々やその文化は理解しがたいものが多く存在していた。

というのは、あまりにも遠く離れた場所であったので、情報が少なかったということ、また誤解が生じたまま間違った理解をされてしまったものも多くあったため、のようである。

「菊と刀」(1946)を著した文化人類学者のルース・ベネディクトはその冒頭で、「日本人はアメリカがこれまでに国をあげて戦った敵の中で、最も気心の知れない敵であった」(2) と述べている。

そして、日本人は菊も刀も一つの絵の部分に入っている(3)、という。

つまり、矛盾した面を常にあわせもった民族、それが日本人である、というのだ。

日本とアメリカとの交流が始まった幕末以来、「日本人」を形容する決まり文句としてよく使われるのが「不可解な(inscrutable)」であることからも、その苦悩ぶりがうかがえる。

このように、日本人を特別不可解な人々、として捉えているアメリカ人にとって、「忍者」はさらに不可解であり、と、同時に魅力的だったのだ、と考える。

そして、ただでさえ不可思議な存在であり理解できない面も多々ある日本人のなかでも、「忍者」は特別興味をそそられるものだった。

人並み外れた体力と運動神経そして、一流のスパイとしての機能をも合わせ持つ彼らは、なにを考えているのかわからない、また彼らはなにやら不可思議な力でもってして、不可思議なことをすることができるなど、「東洋」に対してのイメージと増幅して、彼らに夢をあたえたようだ。

それは「ティーンエイジ・ミュ-タント・ニンジャ・タートルズ」(映画は1990)という忍者の亀のコミックがアメリカで爆発的に大人気だったことからもわかる。

それでは、具体的にどういった経過によって「忍者」がアメリカに広まっていったのかを、順を追ってくわしく次節で述べることにしよう。


○「忍者」について語る前に、「忍者」を生んだ日本人のイメージから語らなければならない。

しかし、アメリカ人が、日本人を個別認識するまでには、かなりの時間がかかった。

その、日本人という民族を個別認識していく過程をハリウッド映画をもとにして、追ってみることにする。

というのも、ハリウッド映画というのは、アメリカの娯楽を代表とされるものであって、これはいつも民意を代表していたり、時代の流れや風潮などを最も如実に表していた、と考えるからだ。

そこで、ハリウッド映画に初めて日本人があらわれたのは?と考える前に、大事なことを押さえておく必要がある。

それは、日本人とは、もともと東洋人という大きな枠の中に潜む、小さな小さな人々だった、ということである。

多民族国家アメリカにとって、異なる特徴・文化を持つ人々の存在は、いつも生活の中に身近に感じるものであった。

大衆文化を代表してきたハリウッド映画には、典型的な「アメリカ人」が登場して、と同時に「他者」としてマイノリティが登場してきた。

東洋人も、そのひとつである。

事実、映画の中には実にいろいろな東洋人をみることができる。

スパイの日本人外交官(4)から中国人探偵のチャーリー・チャン(5)、戦争映画の中の日本人軍人や不気味なヴェトナム兵の群れ、エコノミック・アニマルの日本人など、アメリカとアジアとの関係の変化を反映して、彼ら東洋人の姿は描きだされていった。

その姿というのは、関係が良好である時にはいいイメージで、あるいはあまり目立たない姿で描かれるが、関係が悪化した際には非常に敵意を以て誇張して表現されている。

そして、そのイメージとはアメリカ人の持っている感情をストレ-トに表していたのだ。

まず、東洋人に対するイメージは、ひとことで言えば「不可解」というものであった。

そのイメージを定着させたとも言える言葉が「オリエンタル」(6)だ。

オリエントというのは、ヨーロッパから見た東方の全てを指しており、それは日本や中国、そしてペルシャやインドも含まれる地域をあらわしていた。

ヨーロッパ人にとっての、遥かな世界である「オリエント」の概念はそのままアメリカ人にも浸透して、彼の地にすむ東洋人だけでなく東洋系移民も、「オリエンタルなもの」として扱われるようになったのである。

また、ハリウッド映画のなかでも「オリエンタルなもの」というのは一種独特の東洋趣味として好まれてきた。

というのも、「オリエンタル」という言葉は、ミステリアス、エキゾチックといった言葉を連想をさせ、東洋ノスタルジーという感情を投影しているからだ。

ハリウッドで言われるオリエンタルには日本人から中国人、インド人、果てはアラビアン・ナイトに登場する中東人やエジプト人に至るまでを含み、そこを舞台とした広範囲を「東洋」としていた。

白人たちになじみのないキモノやターバンなどは一様に、なじみのないものそして理解できないものとして、全てオリエンタルな別世界を表す、ひとくくりの道具たちだった。

そして20世紀初頭、日本人が初めて主人公となってスクリ-ンに登場した。

早川雪州はアメリカに渡った日本人俳優で、日本人のハリウッド映画活躍の先駆けとなった人物である。

彼のこなす数々の役が、その当時のアメリカ人の認識している「東洋」をよく表している。

というのも、彼は日本人だけでなく、インディアンに、中国人の薬売り、またたいへん奇妙で傑作な「ビルマ人の象牙王アラカワ」(7) という役もこなしたのだ。

こうして見ても、東洋人に対しての認識の度合い、と同時に日本人を個別に認識していないことがわかり、「東洋人」というひとつのくくりを感じさせる。

「象牙王アラカワ」は、もとは日本人の設定だったのが、時代を反映し(この映画を制作していたのは第一次世界大戦の頃で、アメリカは日本と同じ連合国に属していた)、日本人の感情を損ねないように、悪役だった日本人をビルマ人に変えさせたといういきさつがある。

しかも、「アラカワ」はどう考えても日本人の名前であり、彼の服装は着物だった。

ようするに、その当時アメリカ人は、日本もビルマも区別していなかった、ということだ。

こうして、早川雪州はいろいろな役を演じ、あまりよくない「日本人」のイメージを定着させた。

彼の演じる日本人は誰一人として善人はではなく、ずる賢く、狡猾で冷酷なイメージがそこには常についてまわったのである。

他に、日本人として有名なのは、「ディック・トレイシー」(1990)というコミックのキャラクターのひとりである「ジョージツ」という男だ。

彼は「東洋人」、というだけの設定であるが、出っ歯で吊り目で丸メガネをかけ、「サヨナーラ」や「アーソー」といった口癖をする彼は、日本人をモデルにしているとしか考えられない。

また彼は、ニコニコと笑いながら相手をいとも簡単に投げ飛ばす。

これは名前からも連想させるように「柔術」のようなのだが、こうした「東洋人」あるいは「日本人」に対しての何か得体の知れない力をうちに秘めている人々、という神秘的なイメ-ジもアメリカでは根深いようだ。

柔術に始まり、剣道、合気道、カンフー(空手)(8)など、なにかしら秘技めいた武術を披露するミステリアスな東洋人はよく登場する。

代表的なものといえば、「ベストキッド」(1984)という映画に登場したミヤギ老人などである。

見かけはただの東洋人の老人であるが、その実、淡々と諭すような口調で含蓄をたれ、空手の達人である、という設定はまさにそのものだ。

こうしたイメージの蔓延する中で登場したのが、「忍者」であった。


○アメリカ人の持っている「忍者」のイメ-ジというのは、一体どこからでてきたのであろうか?

アメリカで、日本を題材とした小説、ドラマ、ドキュメンタリ-などのなかで、今までで一番のヒットと言えるのは、おそらく「SHOGUN(将軍)」(小説は1975、映画は1980)だろう。

この、ジェ-ムズ・クラベルの「SHOGUN」という小説は32週にも渡る大ベストセラ-となったことがキッカケとなり、ドラマ化もし、映画化もされた。この「SHOGUN」の中に、「忍者」は一瞬だけ登場する。

主人公であるイギリス人の水先案内人ブラックソーンは、日本のある大名の家臣となり、ある夜、忍びこんできた忍者と対等にわたりあい、その間に城中の人がでてきて、その結果忍者は下腹に棒手裏剣(9)を突き刺し、自害して果てる。

そして、もう1シ-ンは群れをなして深夜の城を襲い、暗殺を企てる、というものだった。

これにより、戦国・江戸時代に生きたであろう「忍者」のイメ-ジというのはできあがったはずである。

そして、その直後に、エリック・ヴァン・ラストベ-ダ-による、「ザ・ニンジャ」(1980)が出版され、「忍者」を主人公としたヒ-ローものであったため、「忍者」は一躍有名になったのだった。

こうして見ると、偶然にも前述した二つの作品は共に小説であることがわかる。

それでは、今日アメリカにある「ニンジャ」(10)のイメージはこれらの小説が起源なのだろうか?

確かに、ブームの火付け役となったのはこの二作品かもしれない。

しかし、現在ある「ニンジャ」のイメージから考えるに、これら二つだけが起源となったとは考えられない。

なにしろ現在の「ニンジャ」にはいろいろなイメージが存在するからだ。

この二つの作品を知らなかった人も、やがて「忍者」と出会うことになる「忍者」ブームについて次章では見ていこう。

2「忍者」ブーム

 1980年代に、アメリカで東洋人の産物である「忍者」のブームが到来した。

しかし、前章で記述したような小説のヒットだけで、アメリカ中に突然「忍者」が流行ったわけではない。

その少し前、1970年代にブルース・リーによるカンフー映画(11)が世界中で爆発的にヒットした。

このカンフーブームはブルース・リーの急死によって間もなく下火になってしまうのだが、そのあとを受けて登場したのが「忍者」を主役とした忍者映画だったのだ。

東洋人による第二弾目のアクションものとして、物珍しさもあったのだろう。

ちょうどその少し前に、日本の戦国時代を舞台とした小説「SHOGUN」の大ヒットがあり、より日本という国を知りたい、というアメリカ人の心を掴んで、戦後の日本や忍者を題材とした小説「ザ・ニンジャ」(1980)の記録的なヒットという現象へと繋がったことは既に述べた通りである。

これは現代に生きる忍者、というものを流行らせた代表作である。

この小説のヒットとアクション物のはやりの流れに乗った忍者映画の大ヒットにより、結果的に大変なブームを巻き起こした。  

 それでは、ブームを呼んだ「ザ・ニンジャ」からくわしく触れてみよう。  

 「ザ・ニンジャ」の主人公は、軍人だったイギリス人の父と日中の混血である母との間に生まれたアメリカ国籍の若者、ニコラス・リニアである。

彼は戦後の日本に生まれ、日本で忍術を学んだ(実際には剣術・合気道・空手を習ったのだが、それらを習得して忍者になった、という設定のようである)「アメリカ人忍者」である。

その彼が、従兄でもある悪の「日本人忍者」と戦う、というストーリーで、作中には戦後の日本の様子や日本の雰囲気をかもしだすためのいろいろな小道具が使われており、実際に日本には行ったことがないにも関わらず、わざとらしいくらいに日本についての彼自身の考えや書物による知識が、ここそこに表れている。

 この「ザ・ニンジャ」のヒットによって、80年代は忍者映画がいくつも制作され、忍者ブームが始まった。

そのブームの凄さはいろいろな理由からうかがうことができる。

 まず、ブルース・リーのカンフー映画によって人気となったカンフー(空手)道場の多くが瞬く間に忍術道場に模様替えした現象だとか、忍者雑誌がつぎつぎと創刊された、などである。

 また、この忍者映画ブームにより、一人の日本人のハリウッドスターが誕生したのである。

それは、今や200万ドルスターと言われる、ショー・コスギ(本名 小杉正一)である。

 ショー・コスギは東京の下町出身の生粋の日本人であるが、大学受験に失敗したことがキッカケで単身渡米し、アメリカの大学を出たのちに、俳優への道を目指すようになる。

その中で、学費を稼ぐために幼い頃から習っていた空手の道場を経営するようになり、またその道場の宣伝のために、数々の大会に出場し、700近い優勝記録とトロフィーを持つに至っているという。

そしてそれらを武器に俳優の道を目指すのだが、8年間のエキストラの苦労の末に、ようやくスタントマンとして、ある映画に出演することが決まった。

その映画というのが、アメリカの忍者ものの代表作とも言える「燃えよニンジャ」(1981)だった。

この映画で彼は悪役のスタントマンだったわけだが、ロケ中に彼のアクションが高く評価され、準主役である悪の忍者のボス役に抜擢されたのだ。

これを機会に彼は次作では主役の正義の忍者に(12)、やがて自分で脚本家を雇い、自分のための映画(13)をも制作するようになるまでとなった。

 こうして忍者ブームはそれにうまく便乗できた一人の日本人をハリウッドスターと呼ばれるまでにしてしまったのだ。


 また、もう一つ、大きな現象が生まれた。


それは、コミックの「ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ」の大ヒットである。

 これは日本でもテレビシリーズが放映されていたので、知名度はかなり高い。

アメリカで大人気だった亀の忍者といえば、たいてい誰でも知っているだろう。(参考資料-1、参照)

 この話は、化学物質による突然変異により知能を持ち、人間並みに大きくなってしまった4匹の10代の亀の兄弟が主人公である。

彼らは同じく突然変異で大きくなったネズミに拾われ、ある日本人の忍者に飼われていたために忍術を習得していたという、そのネズミを師匠とし、「ニンジャ」の修業を積むことになる。

そしてめでたく「ニンジャ」となった彼ら4匹がニューヨークの町を飛び回り、活躍するというのがその内容である。

 亀と「忍者」という組合せに疑問を抱く日本人は多いが、生み出した作者たちは、特に何も考えず、雑談の途中に作り上げた。

亀という、おっとりしていて無害で、と同時に無力の代表である動物と、対照的な身軽で超人的で無敵の暗殺集団といったイメージの「忍者」を結びつけるというミスマッチを狙っただけのものだ、と映画「ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ」の日本語版小説の訳者あとがきの中に説明されていた(14)。

これがアメリカの子供達に大人気となった。

いや、子供たちに、だけではない。

例えば村上由見子氏の「イエローフェイス」(1993)によれば、1992年のロサンゼルス暴動の時に、グリーンの迷彩服にヘルメットの出で立ちの鎮圧部隊は、自らを「ロサンゼルスに現れたニンジャ・タートルズ」と称していた。

そして、「ロサンゼルス・タイムズ」紙には「これでピザのKレーション(非常携帯食)を用意してあげれば完璧」というジョークめかした記事が載っていた。

タートルズはピザが大好物なのだ(15)。

 これをみると、子供だけでなく、世間一般にその存在は知られていた、ということがわかる。

 日本にも輸入されている忍者映画もいくつかある。

生粋のアメリカ人が日本人に拾われて、とか、忍者軍団に拾われて、忍者になってしまうというストーリーのものや、黒人と白人の二人がコンビとなって活躍するというストーリー、また、赤や紫のハデハデしい忍者などが続々と登場し、なかなか笑いを誘う(16)。

 他に、あのアメリカ生まれの有名なテレビゲーム「ウィザードリィ」にも「ニンジャ」という職業が登場することも、敏感にも世の中の忍者ブームに乗っかっているとみえる。

 また、一応の忍者ブームは落ち着いたものの、アメリカ社会では依然として「ニンジャ」が人気を呼んでいる。

そこで現在の「ニンジャ」人気の事例を挙げてみよう。

 最近パソコンによるインターネットが一般家庭にも普及してきている。

そういった利用者の急増にともない、いろいろな企業や団体がユーザー向けに多くのホームページを開設するようになってきた。

その中に「ニンジャ」のホームページも多くあるのである。

 日本で「忍者」に関してのホームページを検索すると、わりと少ない。

日光江戸村や、伊賀や甲賀の里にある忍者のからくり屋敷のアミューズメントパークなどの紹介のホームページなどがほとんどである。

 一方、アメリカのある大きなサーチエンジン(制作される膨大なホームページを検索できる所のこと)で「ニンジャ」というキーワードで検索してみると、日本で調べあげた件数よりもはるかに多いのだ。

そのすべての内容をあげるわけにはいかないが、代表的なものを紹介する。

 まずは「ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ」に関するホームページ。

やはりタートルズ人気は大変なものであったのだろうか、公式に認められているホームページの他に、私設のホームページもタートルズに関しては存在していた。

公式のホームページの方は圧倒的に子供の利用者が多いようで、子供向け、ファン向けに、テレビシリーズに登場した画像などがのせられているようである。

また、タートルズに関する新しい情報やキャラクター個人のためのページなどもあって、なかなかおもしろい。

私設によるものは自分の趣味でつくっているものであるらしいが、大変上手なタートルズの自筆のイラストなどが載せられていた。

 また、今アメリカには「ZEN」という「ニンジャ」のヒーローがいるのだが、そのホームページもあった。

彼は冥王星からの殺人者という設定の「ニンジャ」である。

これは実写版の番組のようで、残念なことにその作品自身は目にすることができなかったが、このZENのコスチュームに、よく大陸系の武道(例えば、カンフーや大極拳、八極拳などの、一般に中国拳法と呼ばれるもの)のシンボルとなっている二つ巴のマークが使われているのが、興味深かった。

そして彼の決めのポーズがどうもカンフーまがいのようなポーズであるのも、また、「ZEN」という東洋的というより、あからさまに日本を連想させるようなネ-ミングも、「アメリカン忍者」の典型のようだ。(参考資料-2、参照)

 そして、忍者道場のホームページもあった。

「THE MODERN NINJA」という番組が現在アメリカで放映されていて、どうやらその番組のホームページのようである。

この番組自体をできれば見たかったが、かなわなかった。

しかし、このホームページはその番組での内容をのせているというので、だいたいのことはこれを見ればわかるようである。

暝想の部屋だとか、「忍者」の歴史など、なかなかくわしい作りになっている。

そして護身術としての忍術をここの道場では教えているのだが、そのいくつかを動画により紹介しているのもたいへん興味深かった。

ここで参考資料としてあげているのはそのホ-ムペ-ジにある、いくつかの部屋(ペ-ジ)の中の一つで、忍術の秘訣について書いてあるものである。

しかし、ここで登場している日本人(らしき)タカマツトシツグ氏は果たして忍術を一体どこで学んだのかが気になるところである。(参考資料-3、参照)

 また、イギリスのホームページに飛んでしまうのもあったのだが、それは、優秀な諜報員原産国であるイギリスらしいホームページで、スパイの技術のひとつとして「忍者」あるいは「忍術」といった項目が設けられていた。

 では、こうしてブームによりいろいろな所に大きな影響を及ぼした「ニンジャ」だが、具体的にはどういうイメージで扱われていたのかを次章で考察してみる。

3.アメリカ人の「忍者」のイメージ

 日本とアメリカの「忍者」のイメージが違うのは、当然のことである。

これは、異文化へ吸収された際に、やはり吸収した側の文化、この場合アメリカ、が自分たちの文化や概念等に合うように作り替えるからである。

これを踏まえて、「忍者」がどんなイメージでアメリカに受け入れられているのかを、くわしく検証してみる。

   「忍者」に関するイメージを具体的に見ていくことにするが、第二章で挙げたように忍者に関するものは小説やコミックなど、いろいろあるので、そのイメージにおいて共通点があるとか、また一様である、とは言えない。

そこでわかりやすく忍者のイメージを挙げるのに、ここで簡単な記号による式で一つ一つを表していくことにし、タイプを分けて考えるという手法を取ることにしよう。  
 ① 忍者=悪=日本人

 アメリカで初めて「忍者」が登場した作品とは、1970年代に登場した小説「SHOGUN」だ。

第一章で述べたように、「忍者」のイメージは主人公を襲うシーンから、読者に「悪い奴、邪悪」といった暗殺者のイメージを残したに違いない。

これを反映してか、一時期日本人を形容する言葉に「忍者」が象徴的なものとして挙がっていた。

それは「スニーキー(卑劣)」であるとか「無表情、あるいは笑顔ばかりで不気味」、「不可解」といった言葉を意味していた。

これは対日感情の最も悪化していた時期の事であるが、この事から、当時は「忍者」のイメージは一様に邪悪で、それがそのまま日本人のイメージにつながっていた。  

 ② 善い忍者(+武士道)    忍者<悪い忍者(+自分の欲望)  
 次に、小説「ザ・ニンジャ」を事例として挙げて見てみるが、この小説での特徴が、後の多くの忍者物の典型になっていったのではないかと考えられる。

その特徴というのは、当初「忍者」という存在は邪悪な者にすぎなかったのが、この小説から、常に正義と悪の「忍者」が存在するようになった、ということである。

具体例をあげてみると、主人公は自己防衛のためにしか忍術を使わないので善い忍者である、という設定と、それに敵対する悪の忍者は自分の目的・欲のために忍術を使うので悪の忍者だという設定である。

しかも興味深いことに、この「善い忍者」はアメリカ人であり、「悪い忍者」は日本人なのである。

ここにアメリカの忍者物に関する理解しやすい一つの図式ができあがる。

 つまり、善い忍者は忍術を正しいこと、あるいは自己防衛のためにしか使わず、また正しい心を持っているので正義の忍者、あるいは正義の味方である。

そしてその正しい心とは、「武士道」という日本古来の特有の教えを基盤としていて、高潔で誇り高い精神を意味している。

一方、悪い忍者はその心を失っていて、ただの殺人鬼にすぎない。

この悪の忍者は自分の欲のために忍術を使っていて、自分の目的のためならばどんな手でも使うといった存在である。

そして前述したように、えてして正義の忍者とはアメリカ人になっており、悪の忍者には日本人がよく選ばれている。

 こうした特徴の背景には明らかに、その時代の社会情勢も反映されている。

 この忍者ブームのあったのは1980年代であるが、当時は日米の経済摩擦問題の真っ最中であった。

社会の中で対日感情というものが悪化していき、この影響を受けてなのか、日本は悪役としてこの頃よくいろいろなところに登場した。

「エコノミック・アニマル」と言われていたのもこの頃であろう。

この「エコノミック・アニマル」と呼ばれる日本人と悪の忍者役である日本人は同じ扱いだということがわかる。

どちらも、自分の欲のために理性を失っている、という点が共通している。

悪の忍者は自分の欲のために忍術を使い、日本人は自分の欲のために経済という武器を使い、自分の欲を充たしていく。

そのためにはどんな事でもし、そこに心はない。

 ここで敢えて①における「忍者」のイメージと区別したのは、「ザ・ニンジャ」に登場した善い忍者の存在によって「忍者」自体の持つイメージが変わったからである。

善い忍者が登場したことによって、悪である忍者あるいは日本人を、善い心を持った者が戒め、成敗するという話ができあがった。

そのおかげで、「忍者」であっても善い心を持ち、善い行いをすることが可能になったのである。

しかし、悪の心を持っている「忍者」は依然として日本人に限る、といったイメージであった。  

 ③ 忍者=オリエンタルマジシャン

 「忍者」は不可思議な忍術によって、魔法のような事をもやってのけてしまうという、オリエンタルマジックのマジシャンの代表でもある。

 「ザ・ニンジャ」には前述した忍者のイメージだけでなく、「東洋」に関わる「忍者」のイメージについても、いい具体例を示してくれている。

 「忍者」は数々の離れ業をやってのけるが、その不可思議な技には「魔術的」なものを以て為されているものもある、と主人公である善い忍者が、全くの無知のアメリカ人に説明している(17)。

ここに「忍者」だけでなく「東洋」に対する魔術的な匂い、不可思議な行為についてのあこがれ、を感じさせる。

村上由見子氏は、「イエローフェイス」の中で、こう言っている。

柔道、カラテ、カンフー、ニンジャ必殺アクション、カタナを振り回すサムライやヤクザと、東洋の武術にはそれぞれに型があり視覚的なパフォーマンスを伴う。それは映画の中で「東洋らしさ」というフレーバーの役割を果たしてきた。喜劇の味付けともなり、神秘的な威力として描かれ、時にサスペンスの暴力としても登場する。良くも悪くも、東洋武術とその精神はいつも西洋社会の日常性に切りこむ得体の知れない「オリエントパワー」として扱われてきた。得体のしれなさ、というまなざしには好奇心と不安感が渦巻く。思えば、東洋が常に「不可知」の世界として描かれてきたと同様、オリエントパワーの奥義もまた謎に満ち、多分に不可知性に彩られている。(18)

 このように、東洋に対しての想いはやはりオリエントマジックとしてここそこにあらわれてくるようだ。

具体例としては、この「ザ・ニンジャ」には東洋の魔術による催眠術のようなものを駆使する忍者が登場し、それは東洋の不可思議な力の表れなのである。

この姿から見ると、「忍者」は東洋マジックに結び付けられており、私達もよく煙り玉の中に消える忍者を目にしたことがあるが、それはアメリカで登場する忍者も当然行なっている、不可思議の代名詞でもある「忍術」である。

それは「東洋」という未だ理想と現実が混沌としていて、多くのアメリカ人にとっては遥遠くの地域に対する憧れの最後の砦のようなもので、「東洋」にならこうした魔法のようなものも有り得るだろうといった不可思議さへの執着が感じられる。  

 ④ 正義の味方・忍者=カメ  
 次に登場する「ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ」は、「忍者」自体のイメージがひとり歩きして、それが大人気となったという事例である。

これは「ニンジャ」がすでにもともとの日本人からは手の離れた存在となり、独自のイメージを持つに至った代表的な例と言えるだろう。

 前章で記述したように、「ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ」は亀の忍者がニューヨークを舞台に、悪者退治に大活躍するコミックである。

 この話は実に単純明快でわかりやすい。

さすがアメリカ中の子供達に人気があっただけのことはある。

なぜそれほどまでに人気があったのか、といえば、この話に登場する忍者は実に良いイメージなのだ。

タートルズ自身が忍者であるし、彼らは正義の心を持っていて、大陸系のマーシャルアーツのような戦い方と武器(19)を駆使して悪人たちをやっつけるのである。

そのアクションシーンは子供たちにとっては大変興味深いものだろう。

本来ならば動きの遅い亀が、華麗な技で大立ち回りを演じるのだ。

また、この亀たちが「善い忍者」であるというイメージを大きく印象づけるものとして、禅の心を取り入れているのも特徴のひとつだ。

というのは、主人公たちは心を静めるために暝想を行なったりするのである。

そして、これは③に通じるものであるが、タートルズの中にはしっかりと東洋の不可思議なものに関する描写もあらわれている。

例えば、暝想をしていると、行方不明、生死不明になっていた師匠の声が聞こえてきたり、焚火の中に師匠の姿が映しだされたり、などである。

こんなことは普通のアメリカの娯楽映画などには決して見られず、ここにも「忍者」らしさ、「東洋」らしさがあらわれている。

そして師匠のネズミ・スプリンターがいつも何かしら重々しく諭すような口調で弟子たちのタートルズに語りかける姿は、「ベストキッド」に登場するミヤギ老人を彷彿とさせる。

また、透視の術というのがあり、目隠しをしていても、相手の動きがわかって、その相手を叩きのめすことができる、というのも登場した。

すでにもう、なんでもありの境地に「ニンジャ」(20)は達しているようである。

無敵でいて、不可思議でいれば、「ニンジャ」は成り立ち、そしてそこに正しい心が加われば、タートルズのように正義のヒーローと成りうるのだ。

また、タートルズの作品中にも悪役である忍者には日本人がいたり、他にも東洋系の実業家や企業なども登場し、やはり経済問題真っ最中の日本人への悪いイメージがあらわれているのも興味深い。

 それでもタートルズの作りあげた忍者像とは忍者=日本人=悪というイメージから見事に脱皮し、正義のヒーローとして華麗に活躍する「ニンジャ」の姿を表すことができたのである。

 しかし、言い換えると、「ニンジャ」のイメージは、日本人とは切り離し、亀という全くの善人を象徴するかのような動物を以てしなければ、邪悪なイメージからは離れられなかったのではないか?ということである。

つまり、「ザ・ニンジャ」におけるただの善い忍者というだけではなく、正義のヒーローとして再び売り出されていなければ、以前にあった忍者=日本人のイメージが強すぎて、ここまでのブームにはならなかったのではないか、と考えられるのだ。

そういった意味でも亀と忍者の組合せはうまくいき、忍者にとっても大きなプラスイメージを背負うことができるようになった。  

 ⑤ 武士道の「サムライ」vs暗殺者の「ニンジャ」  
 四番目にテレビゲームに登場した、と前述した「ニンジャ」(21)についてのイメージに注目するが、ここでは、今までとは違った形で忍者のイメージを見てみよう。

 アップルコンピュータ社によるあの有名なテレビゲーム「ウィザードリィ」にも「ニンジャ」という職業が登場してくるのも、なかなか世相を反映していると言えよう。

もともとファンタジーのゲームであり、人種の他にエルフという種族なども出てくるゲームなだけに、世の中の「ニンジャ」という存在の扱われ方が、東洋人の不可思議な、ファンタジックな存在である、というイメージもあるのだということをわからせてくれる。

 このゲームはRPGといって、ロールプレイングゲーム、つまり主人公となった自分がダンジョンの中をいろいろな職業の仲間と巡る、という単純なストーリーではあるが、この仲間の職業がダンジョンを進んでいくにあたり、重要になっていく。

この「ウィザードリィ」の中では、仲間の性格が職業に就く時に必要になり、「ニンジャ」という職業になるためには「悪」の心を持っていないといけないのである。

また、「ニンジャ」は「騎士」などと同じエリートクラスと呼ばれる普通の職業よりも上に位置されるほどの強い存在で、そう簡単にはなれない職業である。

そして、このゲームには「サムライ」という職業も「ニンジャ」と同じクラスに位置されていて、「サムライ」は善か中立の心を持っていないとなれない職業である。

キャラクターたちが善とか中立、悪といった心を持つのは、ゲームを楽しむエッセンスのひとつだからである。

転職できるものに差ができてくることや、使用できる武器や防具などが変わってくること、また、モンスターに遭遇したときに消極的な敵であったり、友好的であった場合、話し合いに持ち込めるのが善や中立の心を持っている者である。

これによってアイテムをもらったりなどができるのだ。

そして問答無用で殺してしまうのが、言うまでもない、悪の心を持った者である。

この「サムライ」と「ニンジャ」は共に東洋思想のもとに精神修業を経ていて、感情を動かすことがない、という。

ここに、「東洋」に対してのイメージをゲームを楽しむ人間に植え付けているということがわかる。

そして、このゲームで最も特徴的なのは、「ニンジャ」を暗殺技の極意を極めた、人間戦闘マシーンである、と定義付けしているところだ。

これによって新たに「ニンジャ」は残酷で冷徹、無感動な暗殺者というイメージができあがったのだ。

 ②や③で記述したような二つのものでは、忍者を善いものとして設定するために、忍術を行なう人間(あるいは亀)を善い者として設定しており、②の武士道を持っている忍者が善い忍者なら、それを持っていないのが悪い忍者、それが「ザ・ニンジャ」での図式だった。

それに対して、このゲームでは、日本古来の武術で以てして強さを誇っている「サムライ」と「ニンジャ」は、善い心(武士道)をもっているのは「サムライ」に、そして悪の心を持っているのが「ニンジャ」という図式だ。

ここでは「ニンジャ」をとことん悪として設定しているために、忍者を善いものにする必要はないのだが、それと対比させるためのものとして、「サムライ」を登場させた。

「ザ・ニンジャ」や「タートルズ」などでは、忍術を媒体として悪と正義の物語を描いているが、「ウィザードリィ」では、シンプルに正義の心を持っていれば同じような強さを持っていても「サムライ」に、悪の心ならば「ニンジャ」にという図式が描きだされるのは興味深い。

ここで気づくのは、ルース・ベネディクトが記述したように、結局日本人は極端な人格を持っているというように表されることである。

「サムライ」に表される誇り高い日本人の精神と対照的に、「ニンジャ」にあらわされる日本人の理性を失った行いを表す醜い部分、そしてアメリカ人の先入観、ステレオタイプが加えられている。

この事例から、「ニンジャ」は日本人の手の離れた存在となっても、こうした意味も含んでいる部分もあるのだということがわかる。  

 ⑥ 忍術(忍者)=マーシャルアーツ  

 アメリカにあったホームページの内容から、忍者道場はまだ存在していることがわかる。

それによると、忍術はすっかりマーシャルアーツ、つまり護身術の一つとなっていることがわかる。

危険の多いアメリカでは、女性が多くそういった護身術を学んでいるということだが、その一つとして忍術も存在するようである。

具体的には合気道や空手道などとなんら変わることはないのだが、その道場で、暝想の修業を行なったり、「ニンジャ」のアイテムなどを販売したりなどで、「ニンジャ」独自のカラーをだしているようだ。

 以上がアメリカにおける忍者のイメージの代表的な事例と分析である。

 こうして見ると、以前の「邪悪」というイメージのみの「忍者」から正義のヒーロー「ニンジャ」への移り変わりに関しては、正義のヒーローとして活躍でもしなければ、ここまでブームにはならなかっただろう、忍者はアメリカ社会で生き続けなかっただろう、と考えられる。

一部で「ウィザードリィ」のようなものもあるが、これは忍術をすでに暗殺の技術として設定しているので、これは例外として考える。

けれど、「ザ・ニンジャ」に登場したような「善い忍者」のおかげで、少しずつ良いイメージも浸透していき、前向きに「忍者」が受け入れられるようになってきた結果、「タートルズ」のような子供向けコミックにも登場でき、やがてそれが子供たちや社会に受け入れられて大人気となることができたのである。

そしてまた、「忍術」が邪悪な忍者の暗殺術ではなく、マーシャルアーツの一つとしても認められるようになった現象にと繋がったのだろう。

ここまでずっと、「忍者」=悪=日本人といったイメージから派生して、「ニンジャ」はやがて、日本人の手からは離れた存在となってしまった、と主張しつづけてきた。

しかし、ここで「ニンジャ」と日本人のイメージに関する、ある予想外の展開の興味深い事実に気が付く。

「ニンジャ」は悪のイメージの強かった日本人から脱皮して、いいイメージになり人気者になることができた。

そして、その「ニンジャ」のイメージが良くなったおかげで、やがて「悪い忍者」に象徴されていた日本人のイメージをも良くしてしまったのだ。

つまり、「忍者」という日本人を比喩する言葉のイメージから、「ニンジャ」と別に表記したように、アメリカ人の手による一つの新しいキャラクターに移り変わっていったために、そのキャラクター「ニンジャ」に象徴されているいいイメージが、逆に日本人に好影響を与えた、ということだ。

 実際に、アメリカにおいて親日家が増え、日本に移住するアメリカ人がいたり、また日本に関する本が大量に出版されていることを見ても、そのイメージが改善されているという事実は明らかだ。

しかし、「ニンジャ」が日米関係の変化に大きく貢献した、とまで言っているわけではない。

ただ、日本人によって生み出された「ニンジャ」の存在が大きくなっていけばいくほど、「ニンジャ」の生みの親としての日本人は、その文化・資質・価値を見直されたのではないだろうか。

アメリカ人が抱いていた日本人へのイメ-ジの中のある一部分において、「ニンジャ」に象徴された日本人のその愛すべき特性もあるのだ、ということに気づいて、少しずつ悪いだけのその印象をかえることができたのだ。

 「忍者」はすでに「ニンジャ」として、アメリカ社会でそのイメージを変えて、今も生き続けている。

有名な「ニンジャ」ヒーロー・タートルズの後にも、アメリカンコミックに別の「ニンジャ」が登場することから見ても、それは明らかだ。ヒーローである「ニンジャ」はある一種のスーパーマン的要素を含んでいる。

それは無敵であり、また正義の心を持っているというところだ。しかし、なぜニンジャヒーローは「ニンジャ」でなければいけないのか?

それは、東洋的な要素を背景に持っていて、アジアの匂いをかもしだしてくれるから、ニンジャヒーローは「ニンジャ」でなければいけない。

前述した「ZEN」というキャラクタ-の名前にもそれは表れているが、その背景にオリエンタルなものがなければ、そのヒーローは別に「ニンジャ」でなくても構わないのである。

何気ない一つのキャラクターだった「忍者」。

それは戦国・江戸時代に存在したという、過去のものではなく、アメリカに渡って時代と共に新たなキャラクターとして生まれ変わった。

しかし、それは東洋や日本のイメージと全く別の場所で生まれたわけではなく、今もその背景にオリエンタルなものを背負っており、逆にそのオリエンタルなものであり、また元々の生みの親である日本人のイメージをも多少なりともよくしてくれたのだと、信じる。


(2)そこで、上記とは違う視点で、「忍者・忍術学講座:忍者とは何か」について
テーマは、Ninjaになった日本の「忍者」で 講師:三重大学人文学部 井上稔浩教授。
 井上教授の切り口は、アメリカがNinjaを出してきた背景について「アメリカ映画」をベースに独特の視点で話してくれました。1つは、小説「ザ・ニンジャ」のヒットによって、1980年代は忍者映画が25本も制作され、忍者ブームが始まった。そのブームの凄さはいろいろな理由からうかがうことができる。 まず、アメリカンヒーローの変遷は、西部劇後、ブルース・リーのカンフー映画によって人気となったカンフー(空手)道場の多くが瞬く間に忍術道場に模様替えした現象だとか、忍者雑誌がつぎつぎと創刊された、などである。
 次に、この忍者映画ブームにより、一人の日本人のハリウッドスターが誕生したのである。
それは、今や200万ドルスターと言われる、ショー・コスギ(本名 小杉正一)である。
それが「燃えよニンジャ」(1981)だったこと。
 2つ目は、アメリカ映画は、アメリカの創設の歴史からくるものであった。ヨーロッパから「移民」(過去を持たない、歴史の中の孤児)が作った人工国家。アメリカの開拓期におけるフロンティア(中間的風景)、すなわち東部の「文明世界」から西部の「荒野の世界」の中間がフロンティアラインで牧歌的な理想状態をいうが、この中間を目指している。もっと、わかりやすく言えば、インディアンに対する民族浄化と黒人の奴隷使役によって進められた白人種の西部開拓を正当化するマニュフェスト・デスティニー(明白なる運命)の考え方など、アメリカの理想像など”なるほど”と考えさせてくれる内容であった。
 結論として、4つにまとめると『アメリカ映画の忍者たちは』
①孤児としてヨーロッパから決別したアメリカ人を表象するもの。
②ヨーロッパを表象する父を倒すべく運命づけられていること。
③アメリカを救済する者として表象している。
④白人男性中心主義を打ち消す要素をも同時に持たされている。
 今日のテーマのまとめとしては、忍者とは「居るか居ないのかわからない。存在そのもがない。また、・・・よくわからないもの。神秘に包まれた「闇」の世界。すなわち、アメリカ人から見られる日本のNinjaは「わからない」と思われていることだ。と
 みなさん、わかります?明らかに結論も”神秘に包まれていると思っているでしょうね。忍者のイメージは、それでいいのだそうです!

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ゆきまつ

Author:ゆきまつ
幸松(ゆきまつ) 
   孝太郎(こうたろう) 
65歳
住所:名張市百合が丘西2ー86
職業:名張市議会議員(無所属)
家族:妻、二男一女の5人家族
座右の銘:
”Mastery for Service
(奉仕のための練達)”
「”社会の中で輝いた生き方”をするために!」

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